小さい頃はよく休みの度におばぁちゃんの家に行ってた
行くたびに一緒に買い物にいってうちの好きなものをたくさん買って
夜は食べきれないほどのご馳走がテーブルにならんでた
私が時間を忘れ遊びすぎてしまったときは、汗をかきながら一生懸命探してくたよね
見つけた時 良かった。と私を抱きしめてくれた
おばぁちゃんとおじいちゃんの些細な喧嘩で、もーあの人嫌になっちゃうって2人で笑い合って2人で出かけたりもしたよね
私がテレビを見てると必ず私の髪をときに来たおばぁちゃん。
イヤホンでテレビを見ていた私はおばぁちゃんが髪をとくたびにイヤホンが取れるのが嫌で少し怒ったりもしてしまったけどおばぁちゃんは何回も何回も優しく私の髪をといでくれたね。
いつからだろう私の髪をとかなくなったのは
いつからだろう一緒に買い物に行かなくなったのは
いつからだろう、、、私が孫だと認識できなくなったのは
中学生になって おばぁちゃんと一緒に住むようになった。
改めて変わり果てたおばぁちゃんの姿を目の当たりにして涙が止まらなかった。
60年以上連れ添ったおじいちゃんを自分の夫だと認識せず、ここから逃がしてください。とすがりつくおばぁちゃん
ベランダにでて助けて。殺される。と泣き叫ぶおばぁちゃん。
私のお母さんをみてあなたは人殺しよ。私も殺すんでしょ。と叫ぶおばぁちゃん。
私は変わり果てたおばぁちゃんの姿に心がついていけなかった。
距離をおき、あまり家に帰らなくなった。
久しぶりに、帰ったある日
私とおばぁちゃんの2人だけだった
おばぁちゃんは私にどーやったらここを抜け出せるか何回も何十回もきいてきた
ここがおばぁちゃんの家だよ!そう強く言い放ち、
私は自分部屋の扉を閉めようとした瞬間
少しおばぁちゃんの顔にドアが当たってしまった。
しまった!!っと思ったが私は
そのまま部屋へ入り、聞きたくないと耳を塞いだ。
その日の晩。おばぁちゃんは倒れ、意識を失い亡くなった。
原因は不明だった。
おばぁちゃんの部屋には冷えたご飯と食べかけの焼き魚その時思った。
もっとよくおばぁちゃんを見てあげるべきだった
病気だと理解すべきだった
逃げておばぁちゃんを見なくなってしまったこと今でも後悔し続けています。
認知症は病気なのです。
暴力を振られたとき暴言を吐かれたとき誰?と言われたとき思い出してください。
一生懸命昔目の前にいる母、おばぁちゃんに愛されていた事実を。
泣いていた自分を優しく抱きしめてくれた大切な大切な人だということを
変わり果ててしまってもあなたの最愛の家族に変わりないことを。

認知症は病気です。

頼りない言葉でしか
伝えられませんが
後悔する人を少しでも助けられればと
思います。

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