とうとう今日でゴールデンウィークも最終日、でも、そんなことよりも
年に一度の母への感謝を忘れてはならない。

もちろん、今年も花束を飾って、いつもよりは少し御馳走を奮発して用意して、母親に感謝の気持ちを伝えることが出来た。

幼い頃から、たぶん高校生になった一年目ぐらいの頃までだろうか、それまではずっと家族でお互いの誕生日を祝って、誕生日のプレゼントを送り合っていたが、ある時 若かった自分なりに、自分で稼いだお金ではなく、親からもらったお小遣いの中から、両親への誕生日のプレゼントを買ったりしていた自分の行為を『 これじゃまるで、親のお金で親が自分自身にプレゼントしているみたいなもんだ 』と、ようやく気が付き、その当時は自分から親に「 もう、お互いに毎年の誕生日のプレゼントの渡しっこは、これからはやめにしょうよ。」と提案したものだった。

だから、それから後の年は、厳密に花束と一緒に『 プレゼント 』を送るのは、年に一度きりの、この『 母の日 』だけということになる。

ただ、プレゼントの交換はしなくとも、家族それぞれの毎年の誕生日には、お互いに「 おめでとう 」とお祝いの言葉をかけて、ちょっとは贅沢な食事をしたり、家族みんなそろって 旅行に出掛けたり、美味しい外食を食べに出掛けたりして、プレゼントの交換こそしないものの、誕生日そのものは楽しく祝って過ごしたものだ。

今流行の ハロウィンはもちろん、何の変わりも無く、いつも通りの平常の一日を過ごしているし、以前からバレンタインデーやクッキーデーは、我が家には殆ど関係なく、母親からバレンタインのチョコをもらっても、クッキーデーに母親にお返しの品を送ったことも無いはずだし、今考えると申しわけなかったが、父の日のプレゼントも送った記憶が無い。

海外・国内を問わず、旅先のお土産を買ってくることはあっても、厳密にいうところの プレゼントの習慣は、ほぼ無くなってしまった。
だが、そんな風習の我が家でも、母の日だけは忘れずに、花束を買って帰って、母の喜ぶ顔を見て、自分も楽しく優しい気持ちになれたものだ。

あの頃は、仲間内や同世代の人間に対しては、結構イキがってはいたものの、家庭の中では、それほど反抗期も目立ったことも無かったはずだし、むしろ父親と毎晩でも、世の中の様々な疑問や、おかしいと思うことなどについて、真面目に議論を重ねたし、父もまた、それに根気よく夜明け近くまでも付き合ってくれていたものだった。

まぁ、中高生ぐらいの時の反抗期がほぼ無かった代わりに、その分、今に反動が来てしまったのか、グレちゃった感じは、むしろ現在の方がハンパないようだ。

それでも、母の日に花屋に駆け込んで、バラの花束を買って家路を急ぐ時には、ほんのちょっとは気恥ずかしくても、どんな人混みの中でも堂々と前を見つめて、むしろ母親に母の日の花束を贈る自分を誇らしく思えたものだ。

だからというわけではないが、ゴールデンウィークで、仲間と散々ドライブを楽しんだ若い男性連中が、コンビニの駐車場でたむろしながら、残り少ない休みを満喫しているのを見かけたが、どんなにツッパラかったヤンキーの兄ちゃんでも、せめて一年に一度ぐらいは、恥ずかしがらずに、素直に母の日を祝って、自分の母親にありがとうの言葉と、せめて一輪の花でもいいから、感謝の気持ちを送ることを忘れないでいてほしいものである。

そう、たとえ1日ぐらい遅れたって、ぜひとも『 お母さん、今まで育ててくれて、本当にありがとう。』と言いたい。


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