わたしは地上から上げられるとき、
  すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。ヨハネ12:32(5/8の週の聖句)

 主に向かって歌い、主を賛美せよ。
  主は貧しい人の魂を、
   悪事を謀る者の手から助け出される。エレミヤ20:13

 希望をもって喜び、
  苦難を耐え忍び、
   たゆまず祈りなさい。ロマ書12:12

        (ローズンゲン日々の聖句5/8;日)

 「わたしは地上からあげられるとき」とイエスがこのように言われたとき、聞いていた人たちは、「木に掛けられる」死に方をすることを言われていると分かっていたようですね(ヨハネ12:34)。

 イエスは、また言われました。
「わたしが去って行くことは、あなたがたにとっては益なのです。
それは、もしわたしが去って行かなければ、
助け主があなたがたのところに来ないからです。
しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします」(ヨハネ16:7)と。

 この言葉のとおり、過越しの祭りの子羊が屠られるその日、その時間に、イエスは十字架に架かり、命をささげられました。

 そして、その時から50日後、また、三日目に墓より復活されたイエスが40日に渡って弟子たちに何度も現れ、神の国の事を語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを弟子たちに示された後、オリーブ山から、弟子たちの見ている前で、上げられ、雲に包まれて見えなくなられた(使徒Ⅰ:3、9)その時から10日後、イエスが言われた約束の「もう一人の助け主」が、弟子たち一人一人のうちに来られ、いつも、いつまでも、弟子たちと共にいて、語り合い、交わるものとなってくださったのだそうです(使徒2:1~13)。

 この、力ある方が来られたとき、弟子たちは、「主に向かって歌い、賛美する」者にされたのだそうです。
そして、激しい困難の中にあっても、牢に捕えられ、ライオンの餌食にされ、火あぶりにされるようなときにさえ、「希望をもって喜び、苦難に耐え忍び、たゆまず祈る」者とされたのだそうです。

 「たゆまず祈る」。
「もう一人の助け主」、「聖である霊」と呼ばれる方は、受け入れる者と交わるために来られる方(Ⅱコリント13:13)。
この方と、いつも、四六時中、交わり、語り合い、心に行き来する思いのすべて、心のひだまでも聞いていただき、見ていただき、受け取っていただいて、全部見てもらっている、知ってもらっている、見せていないところは一つもない、大安心の中で生きていくのだそうです(ロマ8:26~27)。

 パウロも言います。「聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」と。
この新しい週も。

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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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