「やる!」と決めたら
他に何も考えず
とにかく実行する。

「やめる!」と決めたら
やめたことに対して
何も考えない、
やめたのだから。

「禁止」したのなら
「解禁」を考える
必要があるわけだが、
どう解禁するべきか、
「禁止する前に」
考えておかなければ
目的がわからなくなる。



我慢してたのに、
やめてたのに
やってしまうのは
目的が明確では
ないから。

「少しぐらいさぼっても
また頑張ればいいか!」
なんて甘い考え方は
自分の首をしめる。

本気で頑張って
目的を達成した、
仕事を終わらせた、
そのあとだったら
少しばかり緩んでも
誰も文句は言わない。



決めたことだけは
何がなんでも
やりきらなければ
後悔だけでは
済まなくなるのだ、
なぜなら二度と
「今」は戻らない
わけだから。

「もう一度やり直す」
ことはできるが、
そのときの状況は
初めの状況とは違い
困難になっている。

それだけ
「やる!」と決めた
そのときが
やりきるべきときだと
言うこと。



【愛煙セラピー「2233」】 

『何の目的があって
今それをしている?
それをすることで
目的は達成できる?
何の迷いもなく
「イエス!」
と答えられるなら
その行動は正しい。』

2016/04/25
愛煙セラピスト
志村嘉仁

我慢の禁煙が目的でも
「障害物」は自分以外
何もないはず。

吸いたいのを
我慢することが目的で
それが楽しいのだから。

楽しくないなら
やめたほうがいいよな、
何の得もない。



【「好き」だけでは上手くいかない。】



好きなことがあって
それだけをして
生きること自体
難しくはない。

ただ、
好きだから
「当然上手くいく」
とは限らないわけで、
上手くいくように
試行錯誤するのが
好きなことに対する
礼儀だと思う。

それを好きになれた
自分のことを
楽しませてあげるのは
「使命」なのでは
ないだろうか。



逆に、
「楽しめない」
ことに気づいたら、
関わらないほうが
今の自分のためだと
納得できる。

楽しめないから
嫌いになるかといえば
それは違って、
必ず「リベンジ」の
機会は訪れるから
そこでどうするかが
課題になるわけだ。

もしかしたら
自分が一番好きなことに
変わる可能性すら
あるわけで、
「苦手だけど」
楽しむ努力をしてみたら
自分なりの楽しみ方が
見つかるかもしれない。



「ダメだ!やめた!」
と思えたことは
関わらない喜びが
勝っているから
誘惑を受けることは
まずありえない。

誘惑を受けるのは
「関わりたい」
からであって、
「楽しみたいけど
楽しめない自分」に
不満がある証拠。

後悔することを大前提に
関わってみたら
気が済むはずなのだ、
「やっちまった!」
とは思うものの、
実行しているときは
後悔しながらも
楽しんでいる。



【愛煙セラピー「2234」】 

『それが「好き」なのは
素晴らしいこと。
だからと言って
美味い思いだけが
できるとは限らない。
好きだからこそ
上手くいくための努力が
楽しいと思える。』

2016/04/26
愛煙セラピスト
志村嘉仁

嫌なことを無理に
好きになろうとすると
努力は怒りに変わる。

「何事も経験だよ。」
と言われたところで
嫌なら断ればいいのだ、
しなくていい経験も
あるわけだから。

好きなことだけをして
生きられるほど
世の中甘くはないと
言う奴も多いが所詮戯言、
真剣に努力すれば
好きなことだけをして
生きられるように
なっている。

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