出典 YouTube

NHK

”赤報隊事件”

「赤報隊事件」とは、1987年から1990年にかけて「赤報隊」を名乗る犯人が起こした以下の事件を指す。

・朝日新聞阪神支局襲撃事件
・朝日新聞名古屋本社社員寮襲撃事件
・朝日新聞静岡支局爆破未遂事件
・中曽根康弘・竹下登両元首相脅迫事件
・江副浩正リクルート会長宅銃撃事件
・愛知韓国人会館放火事件

特に朝日新聞阪神支局襲撃事件では執務中だった記者二人が殺傷され、言論弾圧事件として大きな注目を集めた。

出典 https://ja.wikipedia.org

Wikipedia

すべての事件が公訴時効を迎え、未解決のまま

警察庁は、「赤報隊」が犯行声明を出した一連の事件を広域重要指定事件に指定した[1]。精力的な捜査が行われたにもかかわらず、2003年までにすべての事件が公訴時効を迎え、事件は未解決のままとなっている。

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朝日新聞社

朝日新聞阪神支局襲撃事件

1987年5月3日、午後8時15分、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に、散弾銃を持った男が侵入し、2階編集室にいた29歳記者と42歳記者に向け発砲した。29歳記者は翌5月4日に死亡[8](殉職により記者のまま次長待遇昇格)、42歳記者は右手の小指と薬指を失った。犯人は現場にいたもう1人の25歳記者には発砲せずに逃走した。勤務中の記者が襲われ、死亡するのは、日本の言論史上初めてであった[9]。5月6日に時事通信社と共同通信社の両社に「赤報隊一同」の名で犯行声明が届いた。1月の朝日新聞東京本社銃撃も明らかにし、「われわれは本気である。すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「反日分子には極刑あるのみである」「われわれは最後の一人が死ぬまで処刑活動を続ける」と殺意をむき出しにした犯行声明であった

出典 https://ja.wikipedia.org

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拝礼所と記帳所が設けられ、OBたちが黙とうを捧げた

この時殺害されたのは、当時29歳だった小尻知博記者。毎年、5月3日の事件が起きた日には、同支局に拝礼所と記帳所が設けられる。事件発生時刻の午後8時15分には社員や支局のOBらが集まり黙とうを捧げたそうだ。同日、支局の資料室には散弾を受けて曲がったボールペンや小尻記者が当日身につけていた上着などが展示され、一般公開されていた。

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2010年5月3日のANNニュース

「どうか息子のこと、この事件のことを忘れないで」と父

真相解明を願い続けていた小尻記者の父親の信克さんは(当時83)5年前に、そして、母親のみよ子さんも(当時84)去年亡くなりました。このうち信克さんは、「どうか息子のこと、この事件のことを忘れないで」と最後まで願っていたということです。

出典 http://www3.nhk.or.jp

NHK NEWS WEB

出典 YouTube

事件に関するドキュメント番組

どんなに無念だったことか。。

こういう事件に時効があるのは、本当に悔しい限りです。犠牲となられた記者の方のご両親は、犯人が捕まらないまま、事件の時効を迎えてしまって、どんなに無念な気持ちになられたことでしょう。すでにご両親は他界されています。

この事件に関して、1人でも多くの人たちに読んでいただくために、知っていただくために、ここにまとめて残させていただきました。

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さくらまい このユーザーの他の記事を見る

最後まで読んでいただきありがとうございました。
日本生まれですが、米国に30年間住んでいた米国籍のライターです。2014年に家族で日本に移住してきました。どうぞよろしくお願いします。

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