某百貨店に勤務していた経験がある私は、研修でも、売り場でも、水引の結び目について、それこそ耳にタコが出来るほど気をつけるようにと注意されました。

そのせいでしょうか、どうしても水引の結び目について、本来の意味にそぐわない内容などが聞こえてくると…、人間、なかなか黙ってその場を離れることが出来ないものだということを知りました。

「文房具屋さんにて」

その日、ボールペンの替え芯を買いに、私は商店街にある文房具屋さんに来ていました。

カウンターで欲しい替え芯の品番を確かめて貰い、商品代金を支払おうとしていると、私のすぐ隣に、年配の女性が結婚式用の結び切りになった、ご祝儀袋を持ってきました。

そして、60代前半の男性店員さんに、結び切りのご祝儀袋を見せて、「甥の合格祝いにお金を包むのだが、祝儀袋はこれでいいか?」と聞いたのです。

すると、この男性店員さんが信じられないことを言いました。

「はい、大丈夫です」と…。


この言葉を聞いて、私は、私を接客してくれている30代前半の女性店員さんが、この男性店員さんに対して、「違いますよ」と言ってくれるのを期待しましたが、彼女は何も言いません。

が、祝儀袋を持った年配の女性は、なにかが違うのではないかと思ったのでしょう。

何度も、「本当にこれで大丈夫ですか?合格祝いなんですよ」と、繰り返し男性店員さんに聞きます。
ですが、そのたびに「はい、大丈夫です」とこたえる男性店員さん。

そして、真横でそのやりとりの声がはっきりと聞こえているのに、何も言わない女性店員さん。

私は、心の中で『もしかして?この二人の店員さんたちは、水引についての結びの方の意味を、知らないのではないだろうか?』と思いだしていました。



「結び目の違い」

お祝い事には、その結び方で祝う意味が違ってきます。

※水引は、和紙をよって作った長いこよりを糊で固めて、何本かまとめて結んだものです。

では、なぜ、結ぶのでしょうか?

これは古代から伝わる「結び目の信仰」=紐を結ぶと、その結び目に魂が宿る と昔の人は考えていたようです。

ですから、その品物を贈ることは、自分の魂を相手に届けることが出来ると昔の人は考えたのです。言い換えれば、“自分の心”を贈るという意味を持つことになるのだと思います。

ですんで、その心を疑われないようにするためにも、「結び目の意味」はとても大事な意味を持っているということになります。




<あわび結び・真結び(結び切り)>

この結び目は、一度結んだらほどけない ことが特徴です。

ですので、一回限りのこと、繰り返さないという意味を込めて、結婚式や弔事に用いられます。


※ではこれを、もし、間違えて「もろなわ結び(蝶結び、リボン結び)」で、相手に渡してしまうとどういう意味になってしまうのでしょか?

・結婚なら、「この結婚には反対、早く別れなさい」或いは、「どうぞ、何回でも結婚してください(=離婚してもいいですよ)」という意味に取られますので、これでは「おめでとう」と祝っている気持ちを形にして、伝えることが出来ていないということになります。


では、弔事なら、「お葬式は、何度あってもいいですよ」という意味になり、その家の不幸(誰かが亡くなること)を待っている。喜んでいると取られます。

これは、どちらも相手の不幸を喜んで待っているという意味に取られてしまい、自分の本当の気持ちが伝わらないということになります。


現在では武士の時代のように、「結び目」の意味を間違えたからといって、一族を巻き込んだ生き死にに関わる大事になることはありませんが…。

もし間違えたとしても「常識をしらない人なのね」と、相手方は優しい心で許してくれるかもしれません。

ですが、それでもやはり目の前にある、意味がまったく違う結び目のご祝儀袋を頂いたなら、貰った方の立場からすると、結婚なら、「本当に祝う気があるのか…」・弔事なら「死ぬのを待っていたのか…」と、そんな嫌な思いがチラリと頭をよぎってしまい、あまり気持ちの良いものとはいえないのも事実だと思います。

やはり、その意味を知って「自分の真心」を、きちんとした目に見える形にして伝えることは、とても大切なことだと思います。



<もろなわ結び(蝶結び、リボン結び)>

この結び目は、ほどけやすい ことが特徴です。

ですから、何度重なってもよいこと、何度でも祝いたいという気持ちを込めて、出産、入学、進級、合格などに用いられます。


※ではこれを、もし、間違えて「真結び(結び切り)」で、相手に渡してしまうとどういう意味になってしまうのでしょか?

出産なら、「もう子どもは、これっきりしてくれ」=「子どもは、もう産むな」という意味に取られてしまいます。

入学、進級、合格なら、「学校(進学)へなど行くな」「試験になど受かるな」、「お祝いはこれっきりにしてくれ(=もう、これ以上、あなたに対して祝う気がない。お金を出したくないから…)」という意味になってしまいます。

つまりは、あなたが嬉しいことなどを、私は祝いたくはないのだ。
こちらからすると迷惑なことだから、「お祝いを渡すのは、今回の一度きりにしてくれ」というメッセージになってしまうということになります。

これではなんの為に、お祝いを贈るのかが分からなくなります。



ですから、この文房具屋の男性店員さんが、
合格祝いに渡す為のご祝儀袋を「真結び(結び切り)」で大丈夫ですよ…といっていることは、

「もう、こんな祝いは一度だけにしてくれ、こんなことが何度もあっては迷惑なんだ」という無言のメッセージを、ご祝儀袋にのせて相手に渡してしまうことになります。

それは、いけません。この年配の女性は、甥御さんの合格を、心から喜んでいるからこそ、「これでいいのか?」と何度も確かめているのですから…。

「ちょっと待って…、」

そして、私の隣では、「大丈夫」という男性店員さんの言葉に押されて、年配の女性が結び切りのご祝儀袋を買おうとしています。

それを見た私の心は、ざわつきました。
『このままでいいのか?店員さんに恥をかかせる気は無いが、ここで、間違っていることを知りながら、なにも言わないことがいいのか?』

そして私の心は、さっきよりももっとドキドキしだしていました。

『うぅ~ん、どうしょう…。でも、待って、大事なことを考えてみよう。
この年配の女性は、甥っ子さんの合格を本当に喜んでいるのですから、このまま間違ったご祝儀袋を買って、甥っ子さんに合格祝いを渡すことはいいのか!
いやいやよくない、よくないです』



でも、「それは間違いですよ」と言うのは、相手に恥をかかせるような気がしてなかなか言いにくいものです。

そこで、男性店員さんと年配の女性の会話にいきなり入るよりも、私を接客してくれている女性店員さんに、話しかけましたほうが良いのではないかと思い。

「お隣の方、合格祝い用のご祝儀袋がこれでいいかと聞いてはるんですよね」と私が話しかけると、「はい?」と女性店員さんは不思議そうな顔をして、私を見ました。

それは、そうでしょう。

ボールペンの替え芯を買いに来た客が、いきなりなんの関係もない、ご祝儀袋の話をしだしたのですから、それは当たり前の反応だと思いました。
ですがここは、あえてそこのところは無視しましょうと…。


合格のお祝いは、それ自体が、何度あってもよいというお祝い事ですから、水引の結び方は、蝶結び(もろなわ結び)がいいんですよ。

何度でもほどいて結ぶは、これから何度でも合格してくださいの喜びの意味があるからです。

でも、お隣の方が持ってらっしゃるのは、結び切り(真結び)ですから、一度きりのお祝いごとに使うものなので、何度あっても喜ばしい合格祝いに使用するのは不向きだと思いますよ」と伝えました。


「えっ、本当ですか!」と女性店員さん。

やはり、結び方の意味を知らなかったようです。


その後、女性店員さんから「説明してあげてください」といわれたので、もう一度同じことを隣にいる年配の女性に伝えて、私はお店を出ました。


私は、たまたま勤めた先が百貨店ということもあり、水引の結び方の意味を丁寧に教わることが出来ました。お祝い事や弔事の扱いも、ほぼ毎日何かしらの形で仕事として関わってきたので覚えるということも出来ました。

ですが仕事でもない限り、普通の生活の中で、毎日、毎日水引の結び方について触れる機会は少ないと思います。だから、どうしてもうる覚えになってしまうのは仕方のないことだと思います。

でも、結び方の基本的な意味を知っておけば、その意味と、相手に対する自分の心を形にするのだということを結びつけて考えることが出来れば、慌てることはないのではないでしょうか。


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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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