いつの間にか、定着したような『 ブサ可愛い 』『 キモ可愛い 』と言う表現がある。
こういう表現の仕方をするようになったのは、いったい いつの頃からだったろうか。

本当はブサイクなんだけど、しばらく見てると なんとなく可愛いように見えてくるとか、
本来はキモい生き物なんだけど、じっくり見てると だんだん可愛いような気になってしまう時等に、よく表現されているようだ。

その対象は、例えばペットのネコや犬がどこかブサイクな印象だったんだけど、飼っているうちにだんだん愛着が湧いてきて可愛くなってしまったり、気味の悪いヘビやカエルなどが何故か可愛いと思ったり、一見 気持ち悪いアンコウみたいな深海魚や、メンダコのように何となくキモイ生物が可愛く見えてしまうなら、その表現は間違ってはいないし、いささか納得も出来なくもない。

だが、その表現が、人間のことを表す時に使われている場合が見受けられる。
テレビなどを観ていて、いつも不思議に思うのが、すごくブサイクな芸人などに、観客の女性などが「 可愛い!」と声をかけてみたり、ひな壇に並んだお笑いコンビなどが、司会者などから「 ブサ可愛い 」とか「 キモ可愛い 」なんて言われて、スタジオ中の笑いを誘ったりしているのを見ることがある。

だが、本当にみんなは、そのキモ可愛かったり、ブサ可愛いと呼ばれる人物たちを、本気で可愛い存在として認識し、心の底からそう分類しているのだろうかと、ふと疑問に感じることがある。
ペットなどの哺乳類や爬虫類・両生類、深海生物などの動物に使うならば、充分理解できるし、不思議な感じもしないのだが、人間に使われて、今迄その人物を見た時に、どうひいき目に見ても『 可愛い 』という表現が当てはまるような前例は見当たらない気がする。
どう見ても、ブサイクはブサイクの域を脱していないし、キモイ容姿はキモい以外の何物でもない。
もし、このような言われ方を見聞きして、何てことを言うんだと 憤りを感じたり 不快な気持ちになるとしたら、おそらくその人は自分の容姿が、ブサイクもしくはキモいと自覚していると、自ら証明しているようなものだろう。

美しい女優がテレビに出ていたりすると「 この女は性格が悪くて有名なのよね 」と悪態をつくのは、その美しさにおいて 明らかに自分の負けを認めて、悔し紛れに悪口を言っているということは間違いないだろう。
テレビCMに出てくる俳優やアイドルの美しさに嫉妬して、悔しくなければそのCMのメーカー等にわざわざクレームの電話など掛けるはずも無い。
また、メディアに露出している美しい人物に対して、嫉妬心が湧いていないならば、わざわざ自らブスだと廻りの人々に明かす必要も無いのだから、黙って見ていれば良い筈である。

どうあがいてもブサイクもしくはキモイという、その呪縛から逃れられなければ、大人しくヒッソリと潜んでいればいいものを、わざわざ公衆の面前に出てきて、笑われてまで身銭を稼ぎたいと目論んでいるのも癪に障るし、老若男女にしろ、生物にしろ美しくないものは観ると不愉快になってしまうし、極力美しいものだけと関わっていたいのに、ブサイクやキモいと明白な、そういう存在は、もう一度よく鏡を見直して、胸に手を当てて考え、熟慮しながら公衆の面前に出るようにしてくれることを、これからも期待したいものだ。

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