主は恵み深く、慈しみはとこしえに、
  主の真実は代々に及ぶ。詩編100:5

 神は、キリストを通して
   私たちをご自分と和解させてくださいました。Ⅱコリント5:18

        (ローズンゲン日々の聖句4/19;火)

 詩編100篇の作者は謳うのですね。
「全地よ。主に向かって喜びの声を上げよ。
喜びをもって主に仕えよ。
喜び歌いつつ御前に来たれ。
知れ。主こそ神。
主が私たちを造られた。
私たちは主のもの、主の民、
その牧場の羊である。
感謝しつつ、その門に、
賛美しつつ、その大庭に、入れ。
主に感謝し、御名をほめたたえよ。
主はいつくしみ深く、
その恵みはとこしえまで、
その真実は代々に及ぶ」と。(新改訳)

 使徒パウロは、コリントに住む、イエスを自分の救い主、キリストとして受け入れた人たちに宛てた手紙に書いています。

 「というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。
私たちはこう考えました。ひとりの人(イエス)がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。

 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
~ ~ ~
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。

 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。
ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。
 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです」(Ⅱコリント5:14~21)と。

 和解して、帰って来て、家族に加わって欲しいのだそうですね。
天の神、主は、私たちに。

 いつも一緒にいて、心を一つにし合う家族に。
ありのままで、そのままの自分で安心しておられ、心の思いの全部を見せ合い、全部を知り合って支え合い、大切にし合う関係に。

 そのためには、私たちに代えて、独り子である方を惜しまずに十字架刑で処刑し、さらに、妬むほどに愛しておられる「聖である霊」と呼ばれる方を、受け入れる者に一人一人に派遣して、この方の働きで、受け入れる者と心の思いが通じるようにしてくださるのだそうですから。
今日も。

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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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