筆者は熊本市の東区に住んでいる。今の想いを書きたくて書いている。つたない書き方だが、書きたい。まっただ中の想いを。

東区は益城町の隣に位置する。前震のときは、「わああああああ。」と叫びながら、本棚やら神棚が倒れていくのを見ながら、必死に布団の中で耐えたら、停電した。家族で、「大丈夫かあ!?」と互いに声を掛け合い、すぐに懐中電灯を用意しながら、とにかく、外に出た。ああ、地震だ。と思う暇もなく、余震に余震に余震に余震。(前震とは後に分かるのだが。)その度に、携帯の警報アラームが鳴る。(今では、アラームにトラウマを感じている。)ようやく落ち着いたとみて、急いで蒲団を取りに入り一夜を明かした。


寒さは、真冬ほどではないにしろ、朝晩は寒い。

避難所は、車でいけるか分からない状態で、ガレージで待機した。
しかし、何だろう。確かにショックで、悲しいのだが、やはり経験したら、「自分達が楽しんでいて、何が悪い?一緒になって悲しんだ方がいいのか?」と言った内容のblogやコメントを読んだら悲しくなった。

責める気持ちより、悲しくて仕方がなかった。
ただ、単純に「今」この状態ならば、「辛さ」に
他者が「普段通りに楽しみまーす!」という内容にはショックだ。
読まなきゃ良かったんだ、と言われたら、確かにそうなんだが。

私は、不安です。余震に夜は恐怖心で眠れないし
食料や、飲料水を求めて探し回る。

震度1以上が500回近く既に起こっている。赤ん坊は夜になると、ちょっとした余震にも大泣きする。


そんななか、「逆転の法則」で、世間や他人はかなり優しく温かいと、痛感する日々になっている。

知人、友人、何十年会っていない元同僚、等々の互いに励ます日々。炊き出し、水を供給する方々の温かいエネルギー。

また、面識のない方々から温かいメッセージ。温かい。温かい。人は優しくて温かい。この逆転が起こった。そう、前震で恐怖心を感じ、悪気はないとはいえ、毎日を平常通りに過ごします。に
いささか、「我々はそんな日々はいつ訪れるのか。」と落ち込んでいるからこそ、一層多くの心をわしづかみにする温かいメッセージに涙した。


熊本は、日本の県である。日本は世界の一部である。世界は自分達に優しいんだと、改めて感じさせてくれた。いいじゃないか。たまには共に抱きあい泣きあって、経験したことがない人達と。
経験した者同士抱きあい泣きあって、泣きあって、慰めあっても。

いいじゃないか。他者が幸せを感じ、普段通りに楽しみまーす!でも。
そうなんだ。世界は優しいんだ。

ただ経験したことが、見せてくれた景色は筆者の
何かを変えてくれた。
経験しなくても、その立場で物事をみていた自分にも気づいた。

今、震災だけでなく、苦しい想いをしている方々がいれば、私は、「大丈夫だ!必ず大丈夫だ!」
と言える。


大丈夫なんだ。経験が同じでも、違っていても人は、世界は優しいんだ。だから、大丈夫。


追記。

上記の写真が飛行機内の女の子であるのは
いつか、また笑顔で、熊本に来てほしいという願いと、私達が笑顔で旅に出れるよう祈りをこめている。阿蘇くまもと空港は、地震の影響で今の時点では全便発着が出来ない状態である。

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