名門テーラーが軒を連ねるロンドンの通り“サヴィル・ロウ”

サヴィル・ロウSavile Rowはロンドン中心部のメイフェアにあるショッピング・ストリート。通りはオーダーメイドの名門テーラー店が集中していることで知られます♫

画像はロンドンのサヴィル・ロウ15番地に本店を構える紳士服テーラー“ヘンリー・プール”Henry Poole & Co。

ヘンリー・プールの著名な顧客として知られるウィンストン・チャーチル。自分の身体にフィットした仕立てにご満悦と伝えられます♫

“白洲次郎も顧客だったサヴィル・ロウ最古のテーラー”Henry Poole & Co in London

1858年にはナポレオン3世の御用達認定を受け、世界各国の王室から御用達に認定された名門のテーラー“ヘンリー・プール”。創業以来の伝統を誇る軍服や各種の儀礼服を現在でも作り続けており、宮中服では1976年にエリザベス2世のロイヤルワラントを受けています。

ここはサヴィル・ロウ最古のテーラーとして広く知られ、その歴史は1806年にブランズウィックスクエアのエヴェレット・ストリートにリネン製品の呉服商を開いたジェームス・プールが創業した呉服商を起源としています。創業者のジェームズ・プールは、当初はチュニックを作り、軍服の仕立専門とするテーラーとして店をオープンします。

ジェームズ・プールはワーテルローの戦いに従軍したこともあることで、兵士としての自分の経験も含めて、彼らはどのような軍服を求めているかを知っていたことで、軍服の仕立てを主にして創業します。ロンドン市内に呉服商が数少ないこともあって店は流行り、オープンしてから約20年後の1822年、リージェント・ストリート181番地に大型店舗を。その後オールド・バーリントン・ストリート4番地に本店を建て、その繁栄ぶりを内外に知らしめ、その頃からロンドンきっての人気ブランドとして活躍します。

サヴィル・ロウ1番地に店舗を構える名門テーラー“ギーブス&ホークス”

そして、1846年、創業者のジェームス・プールが生涯を終えると、父親であるジェームスの元で商法を学んでいた息子のヘンリーが店舗を引き継ぎ、同年、このサヴィル・ロウに店を移します。

ここではそれまでにない規模の大きさと瀟洒な構えを誇る宮殿のようなショールームを作り、大きな反響を呼びます。それゆえでしょう、それを機にして通りにはテーラーを営む同業者が徐々に集まるようになり、サヴィル・ロウはいつしか世界で最も有名なテイラー街に育っていったのです。

★父親が天国へ旅立った30年後の1876年に息子ヘンリー・プールも生涯を終え、テーラーはそれまで共に生きてきた従弟のサミュエル・カンディが後を継ぎました。先代ヘンリーが賞賛していたサミュエル・カンディの商才は素晴らしく、1900年初頭には何と300人のテーラーと14人のカッターを抱えるという、この業種では世界で最大規模に育てあげます。

そして、サミュエル・カンディに引き継がれてから更に5代に渡り継承されてきたヘンリー・プール社は、創業以来の伝統を誇る軍服や各種の儀礼服を現在でも作り続けており、宮中服では1976年にエリザベス2世のロイヤルワラントを受けるという輝かしい名誉も得ています。

画像のハーディエイミス(HARDY AMIES)は1948年 オートクチュールとプレタポルテのデザインハウスとしてこのサヴィル・ロウでスタートします。

《白洲次郎も名門テーラーヘンリー・プールの常連顧客として名を連ねる》

1919年(大正8年)神戸一中を卒業し、ケンブリッジ大学クレアカレッジに聴講生として留学、西洋中世史、人類学などの授業を聴講した白洲次郎。ジョージ6世の父ジョージ5世の時代に英国に留学し、1928年(昭和3年)に帰国。その後、語学力を買われて海外に赴くことが多く駐英国特命全権大使であった吉田茂の面識を得、英国大使館を自分の定宿としたりしていました。

第二次大戦中には夫妻共々今の町田市鶴川に疎開しますが、終戦を迎えた日本の戦後処理のため、吉田茂の要請で終戦連絡中央事務局の参与に就任し、英国留学で培った英語力で主張すべきところは強く主張し、GHQの要人に「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた人でした。

★日本で初めてジーンズを穿いた男性でも知られ、連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍し、日本のオピニオンリーダーである彼は英国留学時よりこのヘンリー・プールの常連顧客として名を連ね、スーツやシャツをオーダーしていたと伝えられるのです。

でも、彼は折角の製品でありながらすぐに着用せず、何と軒下に吊るしてヨレヨレにしてから身につけたというのです。お洒落にこだわりを持った真のお洒落人であったからでしょう。それゆえにヘンリー・プールでは当然、ビスポークでオーダーし、自分のためだけに作られた、世界でたった一着のスーツであり、シャツであったと思います。

ビスポーク・テーラーとはお客さんに希望を話される(Be spoke)から作られた造語で、このサヴィル・ロウが発祥とも言われています。ビスポークという言葉はテーラーの世界ではお客さんが好みのスタイルを選ぶ際に、熟練のカッターと会話を交わしながら進めていく手法をでそれはまるでキャンバスに絵を描くようにして、服をデザインしてゆくことを指します。

カッターは最終的に完璧な型紙を作りあげ、お客さん専属ののための職人となって、要望に沿う洋服を創り上げるのです。

サヴィル・ロウに建つビートルズゆかりの旧アップルビル

画像のビルはサヴィル・ロウにあるかつてビートルズが設立したレコード会社アップル・コアの本部があったところです。世界中にビートル旋風を起こした当時には、ビートルズのほかバッドフィンガー、メリー・ホプキンなどがこのスタジオでレコーディングを行ったのでし。ビートルズとして最後のコンサートになった『ルーフトップ・コンサート』はタイトル通りこのビルの屋上で行われました。懐かしいですね♫

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》

(旅行ジャーナリスト・作家 市川昭子著)

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★旅行ジャーナリストとして長い間、公私共に海外の国々を訪れ取材し滞在。美術館巡りが好きで「ヨーロッパの美術館」など著書も出版。海外ガイドブック30冊以上(フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、オランダ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ハワイ、アメリカ、香港、韓国、グアム、サイパンなどなど十数カ国のガイドブック)を取材し出版。★小説【あなたが生きた街】を出版。

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