筆者、暴走族ではありませんでしたが…

出典 http://www.amazon.co.jp

筆者は、現在44歳ですが、高校生の時に、地元でアルバイトをしていて、そういったところで知り合う、中卒や高校中退で働いている仲間がたくさんいました。

何となく、大学入試のために今を楽しんでいないように見える学校の同級生よりも、筆者には、自由に生きているように見える、そういう人達のことの方が好きだったのだと思います。

筆者は、当時全盛だった貸レコード店でバイトをしていました。

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筆者は、高校の授業が終わってから部活をやっていませんでしたので、やっていたバンド活動にもお金が沢山かかるので、貸レコード店でバイトとして働いていました。

筆者は夕方から閉店までを担当しますが、朝から通しで働く同世代のフリーターのヤンキー系のお姉さんと一緒の勤務になることが多い感じでした。

彼女は、地元生まれの地元育ちで、仲間が沢山店に来ます。どちらかというと進学校の生徒の筆者には、刺激的なタイプの人々がその中に多く含まれます。

だんだん筆者も仲間になっていくと…

避けられなかったのだろうか…?
by sota-k

筆者も、ヤンキー系のお姉さんと仕事の後や休みに日などに遊ぶようになりました。

彼女に付いていくと、地元で高校に行かずに働いている人々が沢山いることを知りました。

喫茶店に行くと、サーファーの店員さんが、彼女の友達だったり、どう見ても不良な人とも気さくに挨拶していたり、筆者にとって知らなかった新しい世界に導かれていきました。

そうやって、地元で働く同世代の仲間が増えていく中で…

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高校に行かないで働く色々な人と知り合った中で、ある人と仲が良くなりました。

自称暴走族の伊東君(仮)です。彼は筆者と同級生で、その時は無職だったようです。

彼が暴走行為をしていたり、同じような方向性の人々と一緒にいるところを見たことは無いのですが、筆者の中では生涯唯一ではないかという暴走族の友達ということになりました。

よくファミレス等で、たむろするようになりました。

うちの田舎ではジョイフルと言えばファミレスです。
by tetsukun0105

筆者は中学校から電車で通う学校に行きましたので、地元の徒歩圏の友達が非常に少なかったのですが、バイト先や、ヤンキー系のお姉さんのお蔭で、随分と地域に友達が出来ました。

そして、地元の仲間は高校に行っていない仲間が殆どで、何となくファミレスやコンビニ、公園などで深夜たむろする仲間に加わりました。

正直最初は、あまりお行儀が良いとは言えない彼らに、若干戸惑いもありましたが、筆者には高校で受験勉強している人達よりも、社会人で大人に見える、高校に行かない彼らに惹かれていきました。

そんなある日…

Japanese School Boys
by Danny Choo

「奥村~(筆者)、新しい暴走族を作らないか?」のような趣旨のオファー(笑)が筆者に舞い込み、それはそれで悪くないなぁと、何となく思っていました。

結果は、筆者が中型自動二輪免許を持っていないなどの事情で話は流れましたが、誘ってくれた伊東君は、なぜか筆者と暴走したかったみたいでした。

筆者は、ある決意をして、深夜の公園に地元の仲間を集めました

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筆者は、高校三年生、進路を決めなくてなりませんでした。就職したい会社もあったので、親と話していると、「折角親が金を出すと言ってるんだ。進学した方がいい」と言われ、特に準備もしていなかったので受かる学校は限られているでしょうが、進学する方向に決めました。

ただ、筆者の中では、高校に行かないで働いている仲間も多かったので、18歳で学校に行っていることも恥ずかしい気がしていた上、4年制の大学などに行けば22歳になってもまだ学生…。そんなのは恥ずかしすぎるという発想がありました。

大学は密かにいつか通信制に行こうと思っていたので、興味のあるジャンルの短期大学を受験することにしました。

そして、深夜に仲間を集めました。

筆者は、今思うと上から目線で申し訳のない言い方でしたが、こう言いました。「俺は、大学(短期大学)に進学する。いずれは4年制大学も出るつもり。何でそう思ったかっていうと、俺は皆と仲間になって、この世の上の方にいる連中と、皆の橋渡しができるような人になりたいと思った。だから、俺は進学する。東京ではないところにいくので、遠くなってしまうが宜しく」という内容でした。

そこで、こんな約束をしました

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伊東君は筆者に、「奥村、約束してくれ、30歳になったら、あのファミレスの前で、爆音出して暴走しようぜ!」

筆者は、快諾しました。

時は流れて…

うちの田舎ではジョイフルと言えばファミレスです。
by tetsukun0105

結局筆者は進学して就職して、よくあるパターンの人生を歩んでいました。

地元からも離れてしまったので、何となく疎遠になってしまった、かつての仲間たちとも、もう会うことは無くなりました。

筆者の周りには、大学や専門学校を出ている人たちが増えました。

筆者は、時々地元の彼らを思い出しては、30歳になったら暴走したいと、結構現実的に考えていました。

因みに20歳で中型自動二輪免許は取りました。

筆者、30歳になったとき…

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筆者は、30歳になったときは、お店をやる夢に向かってタクシーの運転手をやっていました。結婚もしていました。

筆者が30歳になったら暴走をするということを話せる人は身近にはいませんでした。

30歳の誕生日が近づくにつれ、筆者は「たぶん暴走しない」と思うようになりました。

伊東君は元気なのだろうか?それが激しく気になりました。

そして、その日を迎えました。筆者は30歳になりました。暴走はしませんでした。伊東君とも連絡はしませんでした。連絡先も知りませんし…。

それによって、何かが終わった気がしましたし、申し訳ないような気持ちになりました。

筆者は、彼らとの約束を少なくとも二つ破りました。

一つは30歳の暴走ですが、もう一つは、その時筆者が言った「上の世界の人間と皆の橋渡しになる人になる」ということです。いずれも何も出来ていません。

とても楽しかった青春の日々でしたが、44歳の今、彼らは元気かなぁ…と思うと同時に、彼らと付き合って、沢山の筆者の知らなかった世界を見せてもらえたことに感謝しています。

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東京都大田区大森生まれ。立正大学附属立正高等学校、尚美学園短期大学音楽ビジネス学科、放送大学教養学部生活福祉専攻卒業。STAY UP LATEオーナー。 ライター業と、セミナー講師、司会業も実質少々。江戸川区在住、一児の父。愛猫家。

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