「お誕生日おめでとう!」

ニコニコの笑顔で、口々にお祝いのことばをみんな投げかけてもらえる主役の日。暖かく楽しい思い出をたくさんお持ちの方も多いと思います。

私の家でも、家族の誕生日には、息子と主人の大好きなエビフライをはじめとしたメニューを前に、お祝いをします。息子のおおがかりな誕生日パーティは、おじいちゃんとおばあちゃんがやってくる週末に。とても楽しい一日です。

でも、私はこのイベントに関して、息子が「自閉症」の診断を受けてからずっと、ひそかに、かなえることが難しい憧れを持っていました。


私は、ごくごく一般的な人生を送ってきました。ごくごくよくある当たり前の子ども時代をすごして。よくある友達と一緒にすごした学校生活では、仲良しとの内緒話、ケンカ、語った夢、努力したこと、親には言えなかった悩み事、たくさんの時間を友達と共有してきました。それはかけがえのない思い出です。子どもにはお友達がたくさんできたら良いな、と思っていました。

でも、3歳で「広汎性発達障がい」(当時)の診断のおりた息子は、保育園のほかのお友達がなんの不自由なく会話できるようになっても、いつまでも単語のみ。積み木やDVDなど自分の興味のあることのみ暗記するほど没頭、積み木に「貸してー」というお友達はたたく。言葉の遅い、人とのコミュニケーションの乏しい子どもでした。

この子には配慮ある生活が必要と判断し、小学校に入学する際には特別支援級を選びました。送り迎えが必要だとのこと。ファミリーサポートなど駆使すればなんとかフルタイムの仕事を続けることはできたと思いますが、丁寧に関わりたいと思い、退職しました。

就学を控え、発達障がいの子は体幹がなかなか鍛えられないから、歩くと良いと主治医に言われ、近所の広い公園をよく散歩していました。公園の遊具でも、混雑時には他のお子さんとトラブルを起こすこともあり落ち着いて遊ばせられないので、夕方の時間帯が多かったです。

そんなある日、広場でサッカーをしていた、小学校4年生くらいに見えるお兄ちゃんたちが、日暮れとともにゲームを終了したのでしょう。それぞれ自転車などでちりぢりに

「バイバーイ」
「おー、また明日ね!」

と去っていきました。私たちの後ろからボールを持って、帰途に着く男の子が歩いてきていました。すると、さっき帰ったはずの男の子が自転車で、こちらに向かって「たろうー!(仮名)」と呼びながらやってきました。後ろから来た男の子が「なにー?」と応じました。

「誕生日おめでとう!」

と、自転車の男の子はたろうくんに照れたように告げました。たろうくんは一瞬びっくりした顔をして、それでもとても嬉しそうにはにかみながら「ありがとう」と返しました。ふたりはただそれだけで、手をふりながらそれぞれの方向へ帰っていきました。

私は、つい、涙ぐんでいました。やっと少しつないでくれるようになった息子の小さな手。私の最愛の男の子には、きっと、あの子達のようなキラキラした友情を交し合えることは、ないのだろう。冬の初めのあっというまに沈む夕日の中たくさんの落ち葉がかさかさと鳴っていました。

それから何年も経ち、息子は少ししゃべるようになりましたが、やっぱりまだあのときのようにお友達に誕生日を祝ってもらったことはないんじゃないかな、と思います。今は、経験や気づきを重ね、幸せは私が幸せだと思っていたことだけではなくさまざまな色や形をしていることも知りましたが。フィルターを重ねるとより複雑で美しいものができることも。

そして、息子は誕生日にはあちらこちらから「おめでとう」のカードや、神妙な顔で祝われてVサインをしている写真など、もらってきます。これもまた見ると場合により、また違う種類の暖かい涙がでてくることもあります。これは、私があまり経験したことのない幸せですね。ただ、そこにいるだけで愛されるってなんて贅沢なんだろうと。おそらく、それは、ただただ目の前のひとを、ただただ、偏見なく受け入れて笑う彼だからできることなのだと思います。

でも、そのような愛しい日々を重ねてなお、あの数年前の男の子たちの思い出は私の中でひっそりと息づいて、消えることはないでしょう。

いわゆるふつうの子育てでは、親は、子どもの子ども時代を自分の希望を重ねながら育て、やがて子どもは思春期を向かえ、巣立っていく。親にも子にも時間があり、ゆっくりと子離れが進んでいくと思います。しかし子どもが幼くして障がいを持つことは、子どもへの夢を見る時間もなく、生木をさかれるようなある意味の子離れを余儀なくされるということ。だからこそ、いつまでもその痛みが消えないのです。

折にふれ、ちくちくと、段階によってはずきずきする痛み。

でも、その痛みは、心からの愛情の一部だとも思います。そんな痛みを残しながら生きることも、「親」という人生を生きることへのスパイスかもしれない。

傷ついたことのある人、かなわない夢を見たことがある人。それは、つらいことだけでは決してない。その痛みは人生を広げ、味わい深くします。

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