心がざわつく時、寂しくなった時、ふと通りかかったお寺の貼紙の言葉で元気を貰ったことはありませんか?「お寺の言葉」が心に響くと言う人が多いのです。

心に響く「お寺の貼紙」

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私は正しい すべての争いの根は ここにある

それぞれ自分のことを正しいと思うのが常。そこにすべての争いの根源があるのです。

努力は素質を上回り 気力は実力を越える

なんだかズッシと響きます。

善人であることが すでに救いなのだ

肝に銘じます。

落語とは人間の「業」の肯定である

談志師匠の言葉・・・響きます。

どっちを向いているのかわからないのに どうして前に進めるのか

ジョン・レノンはいつも考えるひとでした。

私はチャンスがきたら 必ずトライするわ

まさかお寺でハリウッド女優の言葉を教えてもらえるとは思いませんでした。

全員が間違っているかもしれないじゃないですか

マリリン・モンローから言われると、真実味がありすぎます!

それでええねん

ウルフルズを知っているお坊さんに脱帽です。

こつこつがコツ

駄洒落っすね。

動物を見てごらん・・・

それは・・・実は・・わからないです。

正義と名のつく殺しがあってたまるか!!

アイスバーグという文字がここで見れるとは・・・

未練とご飯を残さない人生

直球できました!

世の中の苦しみは 一切自分勝手です

ハッとさせられました。

あんたが悪いと 指さす下の 三本自分に向いている

こどもにも、教えやすい言葉です。

どうするどうする いまのまんまで いいのかねー

ほんとに、ほんとに、どうしましょう・・

ピンチピンチ チャンスチャンス ランランラン♪

なんて自由なんでしょう!

幸せかげんは お湯かげん

それぞれ違うあったかさだから、いいんです。

お寺というと、静粛なイメージがあるのですが、この貼紙をみるとなんて自由なんだろうという印象を受けます。

仏教も“自由”の語を大切にするが、その意味は異なる。自由の「由」は<よる><もとづく>という意であるから他に由らず、独立して、自存すること、即ち<自らにもとづく><自らによる>ことが“自由”である。

晩年のブッダは、弟子達に「自らをよりどころとし、他のものをよりどころとせずにあれ」と教えられた。我々の行動の判断は、自らに由るよりも、むしろ他の意見や権力によって支配されることが多い。そこには自由がない。だからブッダは「自らによれ」と教えられたのである。

出典 http://www.otani.ac.jp

思わずクスッと笑ってしまったり、うなずいてしまう言葉が多かったりします。お寺とは縁のないような有名人や外国人の名前を見つけてしまうのにも驚かされます。今まで見過ごしてきたお寺があったら一度、貼紙があるかな?と覗いてみるのも楽しいかもしれませんね。

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東京が好きで、昭和が好きで、古い日本のドラマも好きで、カフェが好き。
忘れられかけている遠い記憶のことを掘り起こしています。

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