知的障害の従弟

自分には知的障害の従弟がいます。もう30代ですが小学校で習うような簡単な計算も出来ないし、人が言っていることを正確に理解することも出来ていないようです。
そんな従弟の世話を最近は月に数回以上するようになってきました。
お金の計算が出来ない彼にキャッシュカードを持たせたら危ないのでお金の管理は自分と母親でしているのです。
10年以上前に従弟の子の父親と母親は離婚しましたが、従弟の父親は昨年度亡くなり一緒に住んでいた祖母もそれよりも前に亡くなっていて彼は一人ぼっちになったのです。

一緒に彼の世話をしていた自分の母親も高齢になり家で寝ることが多くなってきました。
以前は母の方が知的障害者の家に行って世話をすることが多かったけど、最近では自分が行く比率が増してきました。
母親は知的障害者の世話から帰ってきた時はそのまま寝込むことが多くなってきました。
そんな母親を見てどうしてそこまで頑張るのかと思ったこともありますが、母親は知的障害者の子のことが気になって仕方がないみたいなのです。
ふだんは癇癪持ちの母親だけど知的障害者の子の世話をしている時の母親の姿には心が打たれます。

自分はグータラで生活の心配がなければ家でテレビを観て本を読んでその他の時間はブラブラしたりゴロゴロして過ごしたいタイプの人間です。
そんな自分なんで最初に知的障害者の従弟の手伝いを母親から頼まれた時は面倒くさい気持ちがありました。
特に疲れている時や遊びに行きたい時は鬱陶しい気持ちさえあったのです。
そんな気持ちを抱きながらも知的障害者の従弟の世話をしてきました。
その間には色々なことがありました。
「自転車が走るたびにキーキーと言っている」
「会社の人も同じことを言っていた」
従弟の子は一つのことが気になりだしたらずっと気になって仕方がないタイプみたいです。
自分は何とか工具を使って従弟の自転車を直しました。
無事に直った自転車に乗った従弟の子は上ずった声でどもりながら、「ありがとうございました!」と言いました。
心からの従弟の子の感謝の気持ちに心が和みました。
従弟の子は親や祖母の育て方がよかったのか、とても素直な子に育ったようです。
おそらく道端に1円が落ちていても警察に届けるのではないかと思ってしまいます。

自分は気分や体調がすぐれずに仕事を休みたい気持ちになることがあります。
しかしただでさえ逃避癖のある自分は一度ずる休みをすると会社を辞めてしまいそうになるので何とか自分を鼓舞して会社に行っています。
自分の生計も立てられないのに知的障害者の従弟の世話など出来っこないのです。
自分は50歳を超えていますが、最近は自分だけの人生ではないとしみじみ思うようになってきました。
社会に適応出来ずに職を転々として経済的に両親の世話になり両親に苦労をかけてきた自分ですが、今度は自分が世話をする番だと思えるようになってきました。
人は世の中はそんな綺麗事では生きていけないよと言うかもしれませんが、マイペースながら知的障害者の従弟の世話をしている時に何故かほんのりした幸せを感じるのです。
人は誰かの為に頑張るのが一番の幸せなんかとふと思うようになってきたのです。
こんなことを今書いていても、知的障害者の従弟の世話が面倒くさくなり投げ出したくなることもあるかもしれません。
でもそんな時でも人の為に頑張った時の心の充実を思い出したいと思うのです。

最後まで読んでくださって有難うございました。
独りよがりの人生観かもしれませんが、少しでも共感してもらえたら幸いです。

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ここでは富夢というハンドルネームで記事を書かせてもらっていますが「マサ」や「ありがとう工房」の著者名で絵本もキンドルストアやインターネットの創作サイトで公開させてもらっています。
多くの人が絵本や漫画を気軽に公開出来たらいいと思い、フリープログラムを提供しています。
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