主は 
 嘆いている人々を慰めるために、
   私を遣わした。イザヤ書61:1~2

イエスは週の初めの日の朝早く、
  復活してまずマリアに御自身を現された。
 以前、イエスに7つの悪霊を追い出していただいたマリアは、
  イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいる所へ行って、
   この事を知らせた。マルコ16:9~10

        (ローズンゲン日々の聖句4/6;水)

 慰めてくださる方なのですね。天の神、主は。
マグダラのマリア。
尊敬し、師と仰いで来たイエスが処刑され、しかもからだを納めた墓にイエスのからだがなく、悲しみ、墓から離れることができなかったマリアに、復活したイエスが最初に現れ、「なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」と声をかけてくださったのだそうです。
そして、泣き悲しんでいる他の弟子たちのところにこの喜びの知らせを運んだのだそうです。

 私たちの身代わりになり、私たちのそむきの罪の罰を一身に受けて十字架刑での処刑を受けてくださり、墓に葬られ、復活し、40日に渡って何度も弟子たちに現れ、教えられ、御自身が死んだけれども生きていることを証明されたのち、オリーブ山から、弟子たちの見ている前で天の父である方の右の座に帰られたイエス。

 そのイエスが派遣してくださるもう一人の助け主、「聖である霊」と呼ばれる方。
この方をお迎えするとき、この方は受け入れる者の心に父である神が一人一人に思っておられる御思いを置いてくださるので、受け入れる者は、この部分において、父である神と同じ思いを思い、父である神と一つ思いにしていただけるのだそうです(エゼキエル36:25~28)。

 それで、受け入れる者を遣わして下さるのだそうです。
イエスがそうであったように、
「貧しい者に良い知らせを伝え、
心の傷ついた者をいやし、
捕らわれ人には解放を、囚人には釈放を告げ、
すべての悲しむ者を慰め、
シオンの悲しむ者たちに、
灰の代わりに頭の飾りを、
悲しみの代わりに喜びの油を、
憂いの心の代わりに賛美の外套を
つけさせるために」(イザヤ61:1~3)。

 そして、
「わたしは主によって大いに楽しみ、
わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。
主がわたしに、救いの衣を着せ、
正義の外套をまとわせ、
花婿のように栄冠をかぶらせ、
花嫁のように宝玉で飾ってくださるからだ。
地が芽を出し、園が蒔かれた種を芽生えさせるように、
神である主が義と賛美とを、
すべての国の前に芽生えさせるからだ」(イザヤ61:10)と。
今日も。



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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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