記事提供 がんばれ熊さん

「そ・・・その発想はなかった」と周りが嫉妬するほどの、今までになかったやり方で成功したい。そこに大きな浪漫というものを感じていた若い頃の話です。

20代の頃、何度も転職を繰り返してきました。しかも、すべて異業種です。私の頭の中では、同じ業種間での転職は考えにありませんでした。

「同じ業種に転職してもどうせ同じことの繰り返しだ」と思っていたからです。そして転職のたびに、「次の仕事こそ成功してみせる」と思っていました。

「次の仕事こそは・・・」

出典私のイラスト

そもそも、転職を繰り返したのは、前職で花を咲かすことが出来なかったからであり、ぱっとしない私の至らなさが原因なのです。だから「次こそは・・・」と言う思いが強かったのです。

転職して真っ先に考えることは、「かっこいい自分を見せたい」という思いです。「凄い、とんでもない才能溢れる奴が入ってきた」と先輩達の度肝を抜かせたいという気持ちでした。

しかし、その多くは空回りをしたのでした。その空回りした経験の中からシェアしたい出来事があります。賃貸不動産の営業の会社に転職をした時の事です。

先輩の後ろについて仕事を覚える

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とても優秀な成績をもつ先輩に仕事を教えてもらうことが出来ました。先輩の後ろについて賃貸の営業の難しさを知りました。それまで賃貸の営業なんて、お客様が望む物件を見せるだけの楽勝な仕事だと思っていました。

しかし、このお客様の望む物件というものが難敵なんです。お客様は少しでも、駅から近く、築年数も新しく、間取りも広く、環境も良く、それでいて家賃が安くと夢を描いてやってくるのです。

しかし、私が入った会社は大阪の不動産激戦地にありました。

オトリ広告というものをご存知でしょうか?相場よりも明らかにかけ離れた条件の客を寄せるためだけの物件のことです。

オトリと言っても存在しない物件ではありません。本当に存在していない物件を情報誌に載せてることがバレたら、当然罰則が発生するからです。

これは裏話になるのですが、自分のところの会社が部屋を買うなり借りるなりして、それを相場よりも安い家賃で情報誌に掲載して、お客様に来てもらうことがあるのです。不動産の営業はお客様に来て頂かなければ始まらない待ちの営業なんです。

当然、お客様はその安い家賃の部屋を目的に来店するのですが・・・

不動産業者は絶対にその部屋を貸しません。なにかと理由をつけて違う部屋を契約させるのです。もちろん、オトリです」なんてことは口がさけても言いません。

全ての不動産会社がそうしている訳ではなく、一部の会社がそういうことをしているのです。この「世の中、そんなに上手い話なんてないんだよ」というところを上手く説明して、大阪の各地域の家賃の相場を理解してもらうことが難しいのです。

なぜならお客様の頭の中には「そんな事言っても他の不動産屋に足を運べば相場よりも安い部屋があるんじゃないのか?」と考えているからです。 先輩には何度も何度もロールプレイングといってその話の持って行き方を練習させられました。そして私は一人でお客様の相手をさせてもらえるようになりました。

一人でお客様の相手をさせてもらえるようになりました。

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しかし、先輩と同じようにしてもなかなか上手くいかずに、契約までいたりませんでした。私は、いろいろと創意工夫をするようになりました。

先輩に教えてもらったことを、私なりに使いやすくアレンジをして、営業をしたのです。ある日、女性のお客様が来店されました。

緊張しながらも自分なりの話の持って行き方で営業をしました

するとそれが上手くはまり、契約が取れたのです。 しかし、その私の話の持って行き方は教わったやり方と随分かけ離れたものでした。その一部始終を見ていた先輩が私に言いました。

「ずいぶんアレンジを加えたんだな」

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「ずいぶんアレンジを加えたんだな」そう先輩が言うほど私は独自のやり方になっていたのでした。ここで先輩は「何を勝手なことをしているんだ」と怒るかと思いきや意外なことに私の気持ちを認めてくれたのです。

「もしかしたら熊君のやり方が正しいかもしれないな」

先輩がそう言った理由は、私たちが扱っているマンションやアパートの賃貸の営業の歴史はそれほど長いものではないのです。大正時代後期に最初の木造アパートが誕生したことを考えると100年少ししか本格的な歴史はないのです。

だからまだまだ工夫の余地はあるかもしれないと言うことなのでした。

先輩が感心するほど、私はオリジナリティー溢れるトークを使い契約を取ったのでした。しかし、契約が取れたのはトークが良かっただけではありません。お客様は急ぎで部屋を見つけたかったのです。急ぎのお客様ほど営業がしやすいものはないのです。

先輩は、「もしかしたら独自のやり方で、みんながあっと驚くほどの成績が取れるかもしれないな」と私の創意工夫を否定しませんでした。

「しかし、それはたかが100年かもしれない先輩たちが編み出してきたやり方を無視することにつながると思う」

「短い歴史の中でも、いろいろな営業マンが回り道をしながら今のやり方を作ってきたことも考えないといけないと思うよ」

「もしかしたら俺が今言っていることは間違っているかもしれない。熊君が新たなやり方でとんでもない成功者になれるかもしれない」

「俺が教えていることよりも、もっと素晴らしいやり方を見つけられるかもしれない。でも俺もいろんな回り道をしてきた中で教えているという意味も考えた方がいいと思う」 

頭ごなしに「何で教えた通りに出来ないんだ」と言われても仕方がなかった私の自己流のやり方でした。後で良く考えると、とてもそのやり方で通用するとは思えないことでした。

先輩は分かっているはずでした。私のやり方は自己流で間違っていたことを。しかし、それを否定することなく諸先輩方がいろいろな回り道をしながら編み出してきた一種の口伝のような重みというものを考えさせてくれたのでした。

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