テレビニュースで報道される「イスラム国」は残忍なテロ行為を繰り返す極悪非道な集団であるらしく、何度も繰り返されるイスラムという響きを聞き、その文字を見るだけで恐怖感が自然に植え付けられそうになってしまいそうで、またネットを覗けば、中国や韓国を口汚く罵る、憎悪と怨念に憑りつかれた言葉が、まるで曼荼羅みたいに渦巻いていて、思わず目を覆いたくなる程です。

でも、どこか違和感を覚えるのです。クウェート人留学生マドロール君、中国人のワンさん、韓国人のキムさん、その交流を懐かしく思い出せば、僕の胸はなんだか温かいもので満たされる気がするのです。

マド君

日本文学概論はなかなか人気のある講義で、席は殆ど埋まっており、きょろきょろ空いた席を探すと、その人の隣りだけぽっかり妙なスペースがあります。ここ大丈夫、と声を掛けると、浅黒い肌、頭頂部は薄いものの生命力漲る黒い剛毛、頬まで覆われたチクチクしそうな髭、優しい目をした結構年上っぽい男性は微笑を浮かべ、どうぞ、と答えました。

クウェート人留学生マドロール君、でした。

ふにゃふにゃの文字を熱心にびっしりノートに書き込んでいます。溢れる好奇心を抑え切れず、尋ねます。

「それ、アラビア文字ですか?」

「そうだよ!」

満面の笑顔で応じてくれます。マドロール君は日本人の大学生から話し掛けられる機会は滅多に無いようで、嬉々として色々話してくれます。周囲の日本人学生は気にはなるけど勇気が出ずに遠巻きに眺めているだけだったのでしょう。

「日本語むずかしすぎ。ひらがな、カタカナ、漢字っていっぱい覚えないといけない。日本語学校二つも行って勉強した。アラビア語は簡単だよ。だって28文字しか無いんだよ」

それなら、と僕は自分の名前をアラビア語でどう表記するかを教えてもらい、講義中に提出した小テストの名前欄をアラビア語で書きます。僕からすれば、それは単なるぐにゃぐにゃに曲がった線です。

「ぷぷ。これ絶対、教授びっくりしちゃうよ」

マド君は笑いをかみ殺します。翌週にテストを返却した教授から「君はマドロール君と仲が良いみたいだね」と言われ教室が少しざわつきます。マド君と僕は隣り同士で講義を受ける間柄になりました。

「クウェートってやっぱ石油いっぱい採れる?」

「それしかないよ!」

「フセインむかつく?」

「フセインそんなに悪くないよ。イラクはいろんな人が住んでるよ。スンナがいてシーアがいて、クルドもいる。フセインいないとみんなバラバラになっちゃうよ」

マド君だけにしか聞けない遠い異国、中東のリアルな話は非常に刺激的で楽しいものでした。イスラム教に関しても質問を重ねます。一神教と多神教の違いについて議論します。

「神がたくさんいたらおかしくなっちゃうよ。神は宇宙の法則そのもの、全部を決めてるから。数学の答えも変わっちゃうよ」

ある日、廊下ですれ違ったマド君は僕を呼び止め、パソコンから印刷したと思しき束ねたコピー用紙を手渡されました。

「これ読めば、イスラム教のこと、もっとわかるよ。今までイスラムことあまり考えなかったけど、君に聞かれてもっと勉強したくなったよ!」

僕にとってのイスラムはマドロール君、です。

ワンさんとキムさん

友人が働く会社の同僚女性二人、中国人のワンさんと韓国人のキムさん、四人で遊びに行きました。友人から「戦争の話とか絶対せんでね。二人とも熱くなって怒り出すから」事前にそう釘を刺されました。

行きの車中で知っている中国語と韓国語を試してみます。

「ウォーアイニー!サランヘヨ!」

「それ、いまいう言葉じゃなーい」

二人から声を揃えて注意されます。二人とも英語が達者なので、実は日本の英語教育は読み書き中心であるため実践的な会話能力に乏しい、と前置きしてから、英会話に挑戦します。

「ソックス!」

会話の途中で脈絡なく叫び、時折小さく「ソ」を「セ」に変えて反応をうかがいます。

「いま、ちょっとエロいこと言いましたねー」

ワンさんにすぐに気付かれてしまいます。バレバレでした。さすがのリスニング能力です。

「パンニハムハサムニダ!」

おそらくサンドイッチを指すであろう韓国語風ギャグを本場の人間にかませば、キムさんは、あははおもしろーい、と意味はどうやら通じたようでウケてくれました。

そうして、24時間営業の複合スポーツ施設に到着します。女性二人は自由に遊び放題のコンピューターゲーム機にそれぞれ夢中で早速別行動です。キムさんは「ワンは自分勝手で自己主張が強い。絶対に謝らない」と陰口を叩いたりしており、実は必ずしも関係は良好というわけでは無いようです。

僕と友人は二人に卓球で国際試合を申し込みました。日本vs中韓連合の真剣勝負です。

卓球出来なーい、中国人のワンさんは甘ったるい声を出して身をくねらせます。実際に試合が始まっても、なよなよした動き、か弱い女の子、といった感じで日本チームの我々は次々に得点を重ねていきます。なんだ、卓球王国のくせに大したことないな、小馬鹿にした気持ちを抱き、完全に調子に乗りました。

「うおー!やっぱ日本強え。日本、最強。ニッポン!ニッポン!」

鮮やかなスマッシュを決めてガッツポーズを決めると同時に、普段隠されていたナショナリズムが爆発しました。先の大戦における日本国民の熱狂が、時空を超えてよみがえったようです。

その瞬間、ワンさんの様子が殺気立ったものに変わります。据えた眼でギロリ、我々を睨みます。

繰り出される鋭い回転サーブに、我々のラケットは空を切り続けます。かすりもしません。無言を貫き鬼の形相でラケットを振るワンさんはさっきまでとはもう別人です。鬼の卓球マシーンです。あっという間に逆転され、そのまま敗北を喫しました。実力差は明白でした。我々は早速、土下座外交に転じます。

「調子に乗りました。ごめんなさい。許してください。どうせイエローモンキーですけん。姑息なエコノミックアニマルですけん…」

「どうして、そんなに自分の国、わるく言う」

ワンさんは少し戸惑ったように憐れんだ視線を我々に向けたのでした。

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