古舘伊知郎氏が、3月31日の放送でテレビ朝日「報道ステーション」の出演を終えました。

最後の挨拶は印象に残るものでした。

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私が大変気に入っているセットも今日が最後。04年4月に産声を上げ、12年の月日があっという間にたちました。私の古巣である、学舎であるテレビ朝日に貢献できればという思いも強くあって、この大任を引き受けさせていただきました。おかげさまで風邪などひとつもひくことなく、無遅刻無欠勤で12年やらせていただくことができました。これもひとえに、テレビの前で今、ご覧になっている皆様方の支えあったればこそだなと、本当に痛感をしております。ありがとうございました。

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テレビ朝日は古館氏の古巣でもありました。1977年にテレビ朝日にアナウンサーとして入社しました。

私は毎日毎日この12年間、テレビ局に送られてくる皆様からの感想、電話、メールをまとめたものをずーっと読ませていただきました。お褒めの言葉に喜び、徹底的な罵倒に傷ついたこともありました。でも全部ひっくるめてありがたいなと今思っております。

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話題になった古館氏の言葉はたくさんありました。

というのも、ふとある時気づくんですね。いろんなことを言ってくるけれども、考えてみれば私もこの電波という公器を使っていろんなことをしゃべらせていただいている。絶対誰かがどこかで傷ついているんですよね。それは因果はめぐって、自分がまた傷つけられて当然だと、だんだん素直に思えるうになりました。こういうふうに言えるようになったのも、皆様方に育てていただいたんだなと、強く思います。

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傷つくことを経験して、ひとが傷つくことを知ったという古館氏。色々な思いがあるのでしょう。

そして、私がこんなに元気なのになんで辞めると決意をしたのかということも簡単にお話しするとすれば、そもそも私が12年前にどんな報道番組をやりたかったのかということにつながります。実は言葉にすると簡単なんです。もっともっと普段着で、もっともっとネクタイなどせず、言葉遣いも普段着で、普通の言葉でざっくばらんなニュース番組を作りたいと、真剣に思ってきたんです。

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ざっくばらんなニュース番組を作りたかったのです。

ところが現実はそんなに甘くありませんでした。たとえば、「いわゆるこれが事実上の解散宣言とみられております」と、「いわゆる」がつく。「事実上の」をつけなくてはならない、「みられている」と言わなくてはならない。これはどうしたって必要なことなんです。放送する側としても誰かを傷つけちゃいけないと、二重三重の言葉の損害保険をかけなければいけないわけです。そういうことをガチッと固めてニュースをやらなければならない。そういう中で、正直申しますと、窮屈になってきました。

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言葉はニュアンスで受け取り方が変わります。そこがとても窮屈に感じられたという古館氏。

もうちょっと私は自分なりの言葉、しゃべりで皆さんを楽しませたいというようなわがままな欲求が募ってまいりました。12年やらせていただいたというささやかな自負もありましたので、テレビ朝日にお願いして「退かせてください」ということを言いました。これが真相であります。

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12年間続いたことで自分の言葉への思いをよけいに募らせたのかもしれません。

ですから、世間の一部で、なんらかのプレッシャー、圧力が私にかかって、辞めさせられるとか、そういうことでは一切ございません。そういう意味では、私のしゃべりを支持してくれた方にとっては、私が辞めるというのは、裏切りにもつながります。本当にお許しください。申し訳ありません。私のわがままです。

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自分のわがままだと降板理由を伝えました。

ただ、このごろは、報道番組で開けっぴろげに昔よりもいろんな発言ができなくなりつつある空気は私も感じています。この番組のコメンテーターの政治学者の中島先生が教えてくれました。「空気を読む」という人間には特性がある。読むから、一方向にどうしても空気を読んで流れていってしまう。だからこそ反面で「水を差す」という言動や行為が必要だと。私、その通りだと思います。つるんつるんの無難な言葉で固めた番組などちっとも面白くありません。人間がやっているんです。人間は少なからず偏っていきます。だから、情熱をもって番組を作れば、多少は番組は偏るんです。全体的に、ほどよいバランスに仕上げ直せば、そこに腐心をしていけばいいという信念を私は持っています。

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この件は、古館氏の今の報道番組への思いが強く感じられました。

という意味では、12年間やらせていただく中で、私の中でも育ってきた報道ステーション魂を、後任の方々にぜひ受け継いでいただいて、言うべきことは言う、間違いは謝る。激しい発言というのが、後年議論のきっかけになっていい方向に向いたじゃないかと、そういうこともあるはずだと信じております。
 考えてみれば、テレビの一人勝ちの時代がありました。そのよき時代に乗って、あの久米宏さんが素晴らしい「ニュースステーション」というニュースショーを、まさに時流の一番槍をかかげて突っ走りました。私はその後を受け継ぎました。テレビの地上波もだんだん厳しくなってきた。競争相手が多くなりました。そういう中でも、しんがりを務めさせていただいたかなと、ささやかな自負は持っております。
 

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しんがりをきちんと務めてくれました。

さあ、この後は通信と放送の二人羽織、どうなっていくんでしょうか。厳しい中で、富川悠太アナウンサーが4月11日から引き継ぎます。大変だと思います。しかし彼には乱世の雄になっていただきたいと思います。私はこの12年の中で彼をすごいなと思ったのは、1回たりとも仕事上のグチを聞いたことがありません。そういう人です。精神年齢は私よりもずっと高いと思っています。どうか皆さん、3カ月や半年あたりでいいだ悪いだ判断するのではなく、長い目で彼の新しい報道ステーションを見守っていただきたいと思います。本当につらくなったら私に電話してきてください。相談に乗ります。ニュースキャスターというのは、本当に孤独ですからね。

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新しいキャスターへの援護を語ってくれました。

私は今こんな思いでいます。人の情けにつかまりながら、折れた情けの枝で死ぬ。「浪花節だよ人生は」の一節です。死んでまた再生します。皆さん、本当にありがとうございました。

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死んでまた再生します。はとても印象的な言葉でした。

まさに、あっぱれ

流暢に自分の言葉で淡々と語っていました。

やっぱ話うまいなー

言葉のプロの仕事でした。

一時代を築くまで続けた

トークライブ、懐かしいです。

見事だったなあ

かたりべのような喋りでした。

トーキングブルース

寂しいですね。

しびれた

古館さんらしい挨拶でした。

古館さんも消えた

嫌な予感が現実にならないようにと願います。

私も正しく水を差す人でいよう

偏りたくないです。

ジャーナリズムは空気を読んではいけないと思います。国にお伺いを立てる報道を観たくはありません。古館伊知郎の「報道ステーション」は賛否両論いろんな意見がありましたが、そういった意見が出る番組だからこそ意味あったのではないでしょうか?偏った報道や偏った意見のニュース番組は観たくありません。最後に肩の力をぬいて自分の言葉で、淡々と言葉のプロは8分間のメッセージを語りました。古館伊知郎らしい、しゃべりでした。12年間本当にお疲れ様でした。再生待っています。

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東京が好きで、昭和が好きで、古い日本のドラマも好きで、カフェが好き。
忘れられかけている遠い記憶のことを掘り起こしています。

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