うつ病のつらさ

現代病とも言われている「うつ病」ですが、患者数の多い割には世間一般でうつ病に対する理解があるかと言われると、理解はまだあまりないように思います。
私自身もうつ病を経験しており、何年も社会との関りを持たなかった時期がありました。正確には社会と関わる心の余裕はなかったのです。
その時期はとてもつらく、自分でもどうしていいかわかりませんでした。
ただベッドに横になりダラダラと1日を過ごしていましたし、頭ではなにかをしなくてはと思っていても、身体も動かなければ心も動きませんでした。
自分でもダメだとはわかっていても、人と関わるのが怖く、動けなくなってしまうのです。
まだ高校を卒業したばかりで、家も自営業でしたので家の仕事を本当にたまに自分のペースでしていましたが、身体がだるくなり思考も回らなくなり、半日も仕事をしないのに午後から翌朝まで寝ているなんてこともザラにありました。
頭ではこのままではだめだとわかっていることが、私には一番つらいことでした。わかっているのに怖くて動くことができないのです。

少しの気づき

そんな私を両親は温かく見守ってくれましたし、仕事も与えてそれに見合う対価を与え、時には叱ってくれました。仕事と言っても母親の手伝いをして食器洗いをしたり掃除を手伝ったりと小学生のお手伝いのようなものでしたし、対価も本を買ってもらったり服を買ってもらったりでしたが、今思うとあの頃の私にはそれちょうどいい仕事でした。
少しずつ手伝い仕事をしていくなかで、「少しずつ頑張ろう」と思えるようになりました。それは、なにもできなかった私が「食器を洗うことができた」「掃除ができた」という本当に小さな達成感が嬉しかったからです。高校を卒業している女がそんな小さなことで達成感を感じるなんて今考えると笑ってしまいますが、今の私があるのはその達成感があったからです。

できることをしてみよう、できないときもあっていい。

私はまず「父親にいってらっしゃいを言う」という目標をたてました。父親が仕事に出るのは午前7時前で、それまで10時近くまで寝ていた私には高度な目標でした。最初の頃はできない日も多く、出掛けるトラックの音で起きてショックを受けることもありましたし、起きたとしてもそのあとまた寝るなんてこともありました。それでも本当に時間はかかりましたが毎日「いってらっしゃい」を言えるようになりました。そのために夜は早く寝るように心掛けたりもしましたし、早く寝るように昼間は起きていようと頑張りました。昔から人から言われてやるのが大嫌いな私は、自分で決めて行動したのです。

少しの変化

「いってらっしゃい」を言えるようにと心掛けてから、自分の体にも変化がありました。まず体のだるさが徐々になくなっていったこと、それに伴い外に出てみようと思えるようになりました。外に出ると言っても、近所を散歩してみるという簡単なものでしたが、少しずつ近所の人とも挨拶ができるようになり、世間話もできるようになりました。
あるとき、視線を少し上げてみたら綺麗な青空が広がっていました。私は今までこの綺麗な青に見向きもしなかったのだと、寂しいような悔しい気持ちになり、心が晴れたような感覚になり泣きたくなりました。

焦らない、焦らせない

うつ病の改善に大切なことは「自分が焦らないこと」「周りも焦らせないこと」です。ゆっくりでいいから、自分自身で気づかなければなにも改善しません。自分で気づくことはとても難しく、周りは本人が気づけるような環境を提供することが大切です。
一番苦しいのは本人であり、他人ではありません。本人が変わろうとしなければなにも変わらい、しかし無理やり変えようとしても逆効果なので、自分自身で気づくことができるような環境を提供することが重要です。
ゆっくり少しずつ、前に進んでいけばいいのです。病気のまま無理して生活するよりもゆっくりと休んで万全な状態で生活することが幸せなのです。
生きていればなんとでもなるのです。

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