柏木哲夫という終末医療に携わるクリスチャンのお医者さんが書かれた「人間の死亡率は100%」という文章があります。

哲学者、堀秀彦の言葉はこのことを如実に物語っています。

彼は「七十代までは、年ごとに私は死に近づいていきつつあると思っていた。だから、死ぬのも生き続けるのも私自身の選択できる事柄のように思われた。ところが八十二歳の今、死は私の向こう側から一歩一歩、有無を言わせず私に迫ってきつつあるように思われる。私が毎年毎年死に近づいているのではなく、死が私に近づいてくるのだ」と言っています。

死が自分に近づいてくるという感覚は高齢者独特のものかもしれません。安政の大獄により三十歳で刑死した吉田松陰は、獄中日記に「死が追いかけてくる」と書いています。これは死刑囚独特の感覚のように思います。

堀秀彦と吉田松陰の死の意識に関する言葉を注意深く見てみますと、死が方向性を持っていることが分かります。堀秀彦は、七十代までは自分が死に近づき、八十代までは死が自分に近づいてくるという感覚について述べています。

方向性としては逆です。吉田松陰の「死が追いかけてくる」というのは、自分に向かうという方向性は七十代の堀秀彦と同じですが、前からと後ろからという方向性の違いがあります。この二人の死に関する意識の共通性は、自分の死との間に距離があるということです。距離があるから、近づいたり追いかけてきたりできるのです。

出典柏木哲夫「人間の死亡率は100%」

「私たちの齢は70年。健やかであっても80年。しかも、その誇りとするところは、労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。」

出典(旧約聖書 詩篇90:10)

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