「いらっしゃいませえ。どうぞお」

蚊の鳴くようなか細い声を行き交う買い物客に絞り出す私は、その郊外大型スーパーマーケットで、期間限定、臨時雇いのアルバイトとして働いていたのでした。店は大売出しセールに大量の人員を必要としており、前職をクビにされてしまった私は、取り敢えずの応急措置としてエプロンをつけ慣れぬ接客業務に勤しんでいたのです。

配属先、持ち場は福引コーナーの係員でした。

店舗の片隅、普段は休憩スペースになっている場所に臨時で設営された福引コーナーに立って呼び込みをし、買い物客が手にしたレシートを受け取り、購入金額に応じて福引を引ける回数が決まる仕組みである為、計算して余白にその引ける回数の数字を書き込み、再使用を防ぐ意味で印鑑を押印、手を入れる丸くくり抜かれた穴があるクジの詰まった箱を差し出し客に引かせ、小さな三角形に折り畳まれた紙片を開き、中に書かれた商品を手渡す、与えられた仕事は至って簡単なものでした。

小柄で眼鏡をかけた五十がらみの店長は、早口で大体の業務内容を説明すると、じゃっ後は頼んだ、わからんことは隣りの○○さんに聞いて、と言い残しさっさと奥の事務所に引っ込んでしまいました。現場に出てくるより、事務所にこもり黙々と作業する事を好む店長であるようでした。

不機嫌なパートナー

福引係員は二人体制でした。それぞれに福引箱が渡されます。パートナーは自分の母親と同じくらいの年齢、60近いおばさんです。こんだけ歳が離れているなら、親子くらいだし、まあ無用な軋轢も起こるまいと高を括りつつ「今日は初めてですが、宜しくお願いします」そう尋常の挨拶をしました。

「ええーっ!あなたはじめてなのオ?ちょっとオ、大丈夫?わたしに色々聞かれても困りますからね!」

苛立ちを隠さない大声で大袈裟に驚き嘆かれててしまい、コイツなんなんだと反感を抱いた私は、早く終わんねえかな、と始業開始から早々に帰る時間を考えたのです。開始と同時に、店員たちが拡声器を用いて呼び込みの文句をがなり立て、ぞろぞろ客が並び始め、戸惑いながらも、私は見よう見まねで何とか福引係員業務をこなしていきました。

「ちょっとオ、なにしてるんですか!その袋は高額商品用ですよ!勝手に使ったらいけないでしょう!」

何も教えないくせ、おばさんは尖った口調で私を詰ります。途中から、コイツ使えない、どうやらそう断を下されたらしく、こちらどうぞお、おばさんは次々に並ぶ客たちを自分の箱の方ばかりに誘導していくのです。

法則発見

段々、時間が経ってくると自然に仕事を覚え、身体が慣れてきます。当たりが出た際に鳴らす鈴を振る手も軽やかにリズミカルな音を響かせるようになってきます。福引は、外れクジなし、を謳っていましたが、箱に入っている9割のクジは割引券、そのスーパーでしか使用出来ない、特定商品5%オフ券等、リピーター狙いが明白なしょうもないもの、どう好意的に捉えても、それは単なる外れクジでした。

当たりは1等から順に、5千円、3千円、千円のクオカードです。

「残念!割引券です」次から次に外れクジを開く私は、この位の規模の福引でも当たりなぞ滅多に出ないもんだなあ、ほぼほぼ外れじゃないか、それが普通なんだ、年末ジャンボなんて絶対に当たりっこないよなあ、と愁嘆してしまうです。

そんな中でも、当たる人は確実に居るわけで、その人達を見ていると、どうやら共通項があることに気付きます。

一つ目は、こども、です。中学生までぎりぎり含みます。純真な無邪気さは神様のお気に召す所なのでしょう。何も考えず無心で引くのがいいようです。

二つ目は、礼儀正しい人、です。クジを引く時に、お願いします、わざわざ係員にお辞儀するような礼節を重んじる人の当たる確率は高かったです。反対に「兄ちゃん、当たり教えろや」「ほんなこつ当たり入っとるとかあ」「オレこういうのマジ当たるって」こちらに絡んだり、からかったり、余計なひと言を挟んでくるような行儀悪い人間は全く当たりません。

まあ、例外はありますが。

福引外れた店員死ね!!!

羞恥心は大昔にゴミ焼却場で燃やしました、といった風情の、いずれも五十がらみのおばはん三人衆は、まるで十代の生娘みたく、きゃっきゃきゃっきゃ、やかましく耳障りで仕方なく、隣りのおばさんの方へ並んでくれて心底よかったと横目で安堵しました。

「あらあ、これ当たっとらんごたあ。違うとが良かったごたる」

「どげんすんっと。引き直すね」

「どっちでんよかくさ。あははーっ」

すると、盛り上がっていたおばはん三人組は突如、激昂するのです。びくっと身震いする怒号が鼓膜を震わせました。

「あーっ!あんた、何てことば、してくれたと!」

隣りの係員のおばさんは三人衆の会話を鵜呑みにし、気を利かせた積りで、おばはん達が一旦引いたクジを箱の中に戻してしまったのです。

「い、今のが当たりやったら、あんた、どげん責任ば、とってくれるとね!」

あっ、すんません、あっ、すんまっせん、いやお客様が引き直したいとおっしゃったので、は、はい、すんまっせん、誠に申し訳ございません、ま、まことにまことに狼狽した隣りのおばはんは平身低頭、謝罪マシーンと化しました。ざまあみろ、俺にきつく接した報いだ、罰だね、はは、と心中秘かに他人の不幸に快哉を叫んでいたのですが、三人衆の怒りはなかなか収まらない様子です。もうよか、気分の悪さ、帰ろう、不貞腐れた一人が鬼の形相で呼びかけますが、謝罪マシーンの必死の引き止めに、三人衆は渋々ながら再びクジを引くことに同意しました。

おばはんを憎悪のこもった眼で睨み付ける三人衆は、既に臨戦態勢でクジが開いた刹那「福引外れた店員死ね!」と絶叫する準備を整えていたようでした。しかし、その思惑を余所に事態はあらぬ方向に転がるのです。

からんからん、隣りのおばさんは鈴を鳴らしました。それも、三回も。

「おめでとうございまーす!当たりでーす。あっ、こっちも。すごい。三枚とも大当たり。クオカードでーす」

文句を言う気満々だった筈の三人衆は、虚を突かれた様子で押し黙り、喜んでいいのかどうなのか感情の迷路にはまり込み、取るべき態度を決めかねているようでした。満面の笑みを湛えたおばさんから金券カウンターに移動するよう促され、三人衆は視界から消えていきます。

そうして、私の法則はいとも容易く崩れ去ったのでした。よって、この記事は誰の役にも何の役にも立ちません。合掌。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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