友彦(三浦春馬)が亡くなったあと、宝箱を抱えて「のぞみが崎」へやってきた恭子(綾瀬はるか)。
かつて友彦がくれたCDを見つけた場所だ。

海岸には偶然、恵美子先生(麻生祐未)がいた。そして恭子の持っている宝箱を指さし、「まだ持っていたんですか?」と笑顔を見せる。

どうして陽光学苑ではこの宝箱を渡してくれたのかと聞く恭子に、
恵美子先生はこう答えた。
誰にも奪えないものを持っていてほしかったんです。
あなたたちの体は奪われてしまう。だけど思い出は奪えない。
それはあなたたちを支えるよすがになると思ったんです。」

これはクローンだけではなく、普通の人間もそうですよね。


しかし恭子は
「みんないなくなってしまって…。
みんなの宝物を預かっているよう。
誰も取りに来ないのに」
と自分だけ提供者にもなれず、一人残されたことで喪失感を漂わせていた。

そしてこう言う。
もしかしてみんな同じようなものなのかも知れない。
何のために生まれてきたのかなんて分からず、命は必ず終わる。
それが知らされているか、いないかの違い。」と。

このドラマの核の部分ですよね。
普通の人間と、クローンとの違いは、命に限りがあることを意識して生きているか、いないかの違いしかないということを原作では言いたかったのでしょうね。

そして喪失感を抱えた恭子は海に入ります。
「友、そっちに行っていいかな?」と言って。
しかし足元に、友が大切にしていたサッカーボールが流れてきます。

その場所は「のぞみが崎」。探し物が見つかるという場所。
恭子はその奇跡のサッカーボールを抱きしめ、海から上がるのです。

そしてこんなナレーションで物語は最後を迎えます。

私たちは空の宝箱を抱えて生まれてきて、そこに日々を詰め込みながら歩いて行くのだ。終わりまで。明日を。


全体的に「暗い」ドラマと話題になりましたけれど、生まれてきた意味を、生きていく意味を考えさせられたドラマでしたね。
その意味を、誰も分からないまま、生きていくんですよね。

(保科恭子「わたしを離さないで」最終話)

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