「大体、君はなんなの?なんでウチの会社受けたわけ。紙にはえらい威勢いいこと書いてるけど。全然、元気無いよね。はあ?緊張してる?その緊張がさ、こっちまでうつってるんだよ。なに、この空気。君のせいよ。まあウチで取り扱ってる商品なんてさ、同業他社と比べて優れてる点なんて殆ど無いに等しいよ。ね。それを売るわけ。いや、ノルマは無いけどさ。予算は絶対に達成してもらうよ。絶対、にね。わかるやろ。どうやって売るか。ドブ板営業。なんとなく意味わかるやろ、君に出来る?勿論飛び込みよ。あのさ、馬鹿でいいんだよ。全然。ぼく馬鹿だけど元気だけは誰にも負けません、とかさ、逆に、全く喋りませんけど、無茶苦茶頭良いです、東大卒です、そういう人材が欲しいわけ。元気は無い、学歴も中途半端、前の仕事もぬるい理由で辞めた、君の売りは一体なんなのよ」

血色悪い紫色の唇から発せられる辛辣な言葉を黙って聴きながら、膝の上で握り締めた拳の内側が汗でべっとり湿っているのを感じていました。一階にシャッターが付いた駐車スペース、階段を上がるとパソコンが一台と事務机が三つあるだけの殺風景な営業所、白くて丸々と肥え太り福耳が印象的な営業所長と、対照的にひょろりと長身で病的な浅黒い肌に紫色の唇が不気味な副所長、それに今時のネイビーブルーのスーツを身に纏った女にモテそうな甘いマスクをした若手社員、その三人から私は面接されていました。

資格も無く実務経験にも乏しい三十路を越えた私に、ある程度の給与が見込め、実際に門戸が開かれている仕事は「営業職」ばかりでした。東京に本社がある、化学工業製品を扱うその会社の地方営業所の増員募集に、私は手を挙げたのです。それまでに受けた数社に悉く全て落ちていました。理由は多分、私に覇気がなかったからでしょう。面接で業務内容の説明を聞きながら、俺の性格には全く向いてないんじゃね、俺に営業は無理じゃね、俺知らない人と話すの苦痛じゃね、俺完全に方向誤ってんじゃね、そうした疑念が存分に顔面に出ていたと思われます。

「でもアンタもなんか仕事せないかんやろ。うん。ちゃんとせな。なら」

福耳の営業所長から、半分呆れたような口調で、追い出されるように面接を終えられると、面接というより説教だったな、どげんかせんといかんな、私は宮崎県知事の言葉を胸中で反芻してとぼとぼ駅に向かって歩き出しました。その会社からは不採用通知さえ届きませんでした。その場で不合格、という事だったみたいです。営業は無理だ、給与が安くても仕方ない、受かりそうな所に面接に行こう、なんでもいい、取り敢えず働かねば、私は考えを改めました。

「ああ、是非来て下さい。明日からでも」

黒い応接ソファに座るなり、熱烈歓迎されました。若いし爽やかだし、まあ給料安いけど、それでよければ、そうして私は警備員になったのです。前科が無く、常識的な格好をしておけば、概ね誰でもその警備会社は採用してくれるようでした。流石に頭にバンダナを巻いて面接に臨んだおじさんは不採用だったそうですが。

警備室24時

勤務地は、規模の大きな病院でした。立哨、巡回といった警備員特有の仕事以外にも、患者の面会、夜間患者受付、電話番など、正規職員が居なくなる夕方5時以降の多岐に渡る雑多な業務もこなします。同僚は殆どが定年退職したおじさん、でした。

基本的には暇です。滅多に事件が起きることも無いため、「異常ナシ」と日誌に書いてしまえば、次の交代者が来る時間を心待ちにするだけです。勤務時間は24時間と余りに長過ぎるのがネックでした。

電話もかかってこない深夜、各々全然違う業界から集まったおじさんたちの共通の話題として、最も多いのは、同僚の悪口、でした。誰かが巡回に行った瞬間に、その人を悪し様に罵り始めます。さっきまで仲良く談笑しておきながら、変わり身の早さには驚き呆れるばかりでした。まあ私も例外ではなく、或る意味では平等に悪口を言われていたそうです。電話対応が適当だった、腕まくりしていた、携帯を弄ってた、靴を脱いでいた、椅子を変な場所に置いた、些細な事をあげつらって他人を非難し、時間をつぶす罵詈雑言で盛り上がりでもしないと、とても朝まで間が持たないのです。

その中でも一番強烈だったおじさんは、余りにしつこく同僚や上司、病院職員等の悪口を言い過ぎて、精神が少し壊れてしまったのでしょうか、話が段々飛躍してきて、結句、「日本人はクソばかり」とかなりスケールの大きな悪口を言い始める始末でした。

救急受付24時

カッターシャツにネクタイを締め、夜間の急患受付業務もあります。医師、看護師へ電話の取次ぎが主だった仕事です。外線電話で他病院から患者搬送の依頼が入ってきて、泊り勤務の医師のPHSへ繋ぐのです。その依頼の電話はいつ鳴るか分かるはずも無く、また救急隊が直接、重篤な交通外傷患者等を運んでくる場合もあり、なにも無ければずっと休憩時間で寝ていてもいいのですが、深夜2時だろうが明け方だろうが電話が鳴ればサイレンが聴こえれば叩き起こされるわけで、完全に気を休めていることは出来ず、ストレスで、すっかり肌が荒れてしまいました。

自然に覚えますが、或る程度、医学の知識が無いとやっていけません。電話を聴きながら急患依頼受付用紙に医師が記載する患者の基本情報、バイタル(脈拍、心拍数、血圧、体温)JCS(意識レベル、0~300で判定)、ザー(クモ膜下出血)パンペリ(腹膜炎)といった飛び交う略語も担当診療科、病名をパソコンに打ち込み、日誌に記載する為、知っておかねばなりません。これは警備員の仕事なのか、と戸惑います。

「先生、それマンコウですよね。マンコウはちょっと。うちでは今、病床の空きからしても、受け入れは難しいかな、と。容態が安定してるなら…。マンコウ、ならですね。そちらで様子見て頂いて…。はい。すみません。なにかありましたら、また」

急患依頼を受けたいつもショッキングピンクの派手なギャルファッションで出勤してくる女性医師の放った単語に下ネタ?放送禁止用語?と頭が淫乱、いや混乱したのですが、それは“慢性硬膜下血腫”の略語であることに後でググって判明しました。

なんてったってドクター

「あっ。先生!はっ。こちら、どうぞ。いやいや、後はやっときますけん」

二回りも年下であろう若い医師がコピーをとるため受付に入ってくると、コンビを組む同僚のおじさんは、醜悪なくらい卑屈な態度で接するのです。マッカーサー元帥に媚びを売る戦後焼け野原の日本人か、どんだけ権威に弱いんだと蔑視します。

「おまえ、これ、しとけ!」

その実、医師が去ると、おじさんは態度を豹変させコピー用紙とファイルを机に投げつけ私には偉そうに振る舞うのです。ただ紙をファイルに綴じるだけです。投げる手間があれば、綴じられます。

「ああーん。せんせえー。おかし、いるうー?」

正規職員として働く受付の二十代の女の子は、玉の輿を狙っているとの噂が絶えず、猫撫で声、甘ったれた口調で端正な顔立ちの研修医に話し掛けます。焦土化した国土で米兵にぶら下がるパンパンのようです。残業していた彼女に私が話し掛けると「…あっ?なん、ああ。ああ」と全く会話が成立せず、「けいびしー、おかし、いるう」と訊かれることはありませんでした。

さすがは医師の権威、結婚したい職業ナンバー1は伊達じゃありません。一度、病院に隣接するコンビニ前で煙草を吸っている時、隣にいたカップ酒を呷るホームレスから「あんた、先生やろ?」と訊かれた私は、曖昧に肯定も否定もせず、ゆっくり首を振り、ただ薄ら笑いを浮かべるのでした。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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