3.11による原発事故以降、わたしは意識的に福島のFB友達を増やしていった。

2012年は、そのFB友達家族を遠方に疎開・移住させる手伝いなども手探り

でやった。

しかし、中に福島から離れないというFB友達も居ることに気付いた。

初めは200万人全てが疎開したいのだと決めつけていたが、そんな福島県民

を以下の5類型に分類してみた。



(1)新聞、テレビで大丈夫というから信じている。

(2)なんとなく不安だがどうしていいか分からない。

(3)機会があれば遠くに逃げたい。

(4)遠方に逃げた。

(5)放射能は身体に悪いことは分るが自分の故郷、再興を図るつもりで留まる。



2013年は具体的に福島の人と北海道に移住できないか、現地調査もした。

しかし、2014年は、影響は首都圏にも及ぶことはチェルノブイリの知見でも

分っていたから、福島への関心はトーンダウンさせ、自分自身の身辺の整理に

かかった。

で、2015年。再度、福島問題に自分自身どう係わっていったらいいのか

考えてみた。


問題は(5)の人たちだ。

放射能の危険を知った上で、福島の復興に取組んでいる人たち。仮にそんな

人が重い病気になったとしよう。

福島から逃げて!と訴えていた人は「言わんこっちゃない」「自業自得」と

考える人もいるだろう。でも本当にそうだろうか。

将来、敢えて残った人がいつか死ぬ時、後悔するだろうか?

私はたぶんその人は後悔しないだろうと思う。

死を意識した生活は、必ず自分の後継者(他者)を同時に育成する。だから

彼の、彼女らの思いは継承される。だから後悔しない。

だとしたら彼らの留まって再興を図るという判断は間違っていなかったのだ

と思う。


福島を離れる仲間たちに手を振って見送る福島県民。

新天地で故郷の再興を祈念する福島県民。

福島を想う気持ちは同じ。

お互い後悔しない生き方、これが大切なんだと思います。

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