主の言葉:
わたしは恵もうとする者を恵み、
  憐れもうとする者を憐れむ。出エジプト記33:19

 パウロの手紙:
私は主イエスに感謝しています。
主が私を忠実な者とみなして務めに就かせてくださったからです。
以前、私は神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし憐れみを受けました。Ⅰテモテ1:12~13

      (ローズンゲン日々の聖句3/8;火)

 天の神、主は、「わたしはある」と名のられる方。
あろうと思われるとおりにあるお方。
人間のだれひとりとして、この方に「あなたは何をするのか」と言うことのできない方。
主権は完全にこの方にあるのだそうです。

 その方が御自分の主権において、「恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ」とおっしゃるのですね。
「ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が御自分に帰って来ることを望んでおられる」(Ⅱペテロ3:9)その方は、すべての人を恵み、憐れもうと思っていらっしゃるのだそうです。

 けれども、愛し合う関係を求めておられるので、機械的になされることでも、「~ねばならないから」するのでもなく、自由意思で、自発的に受け取って欲しいのだそうです。

 この方と同じ心で、パウロも言うのですね。「私は、あなたのなすべきことを、キリストにあって少しもはばからずに命じることができるのですが、むしろ愛によって、あなたにお願いしたいと思います。
~~あなたの同意なしには何一つすまいと思いました。それは、あなたがしてくれる親切は強制されてではなく、自発的でなければいけないからです」(ピレモン8~9、14)。

「神が、和解を受け入れるよう、私たちを通して懇願しておられるようです」(Ⅱコリント5:20)。

個人的な関係を深められるよう、愛を、恵みを、自発的に、自分からすすんで受け取って欲しいのだそうですね。あの方。私たちに。
今日も。



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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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