決意

ホワイトデーも差し迫ってきたものの、孤独で甲斐性なしの三十路独身男性には何ら関係の無い誠に禍々しい忌まわしきイベントなのであって、といのもここ数年来、バレンタインデーに婦女子からチョコレートを頂くなぞいう僥倖には恵まれない不毛の年月を徒に経ている身分であり、あろうことか職場で配られていた義理チョコでさえも、意味の無い贈答儀式はこれを廃止する、という暗黙のルール、規則が近年どうやら導入されたようで、まあ、それに伴い義理チョコの返礼として一人当たり大体五百円程度の基金を募る悪習が一掃されたのは或る意味喜ぶべき事なのかも知れませんが、それでも矢張りチョコを一個も貰えぬのは男としての沽券に関わるのであって、いや、私の場合に於いては収穫ゼロというより、逆バレンタインと称し、岡惚れした25歳カフェ店員に自らチョコを渡す愚行を演じ、バレンタイン前日に「恋愛対象に非ず」と至極あっさりフラれてしまう憂き目に遭っている為、ゼロ個どころか寧ろマイナス1個と呼ぶべき屈辱的な結果を残す羽目に陥ったのであります。

しかし、だからと言って絶望し嘆き悲しむばかりでは何も事態は好転しないのです。私だってちゃんと頭の中には脳、という器官を保有しております。そう、私は思考する生物なのです。考える葦たる私は、閃きました。

(そうだ!婚活パーティーに行こう)

そこへ行けばどんな夢も叶うのかも知れません。洋服ダンスの隅っこで半ば埃を被っていた型落ちのスーツに袖を通します。大空に翼を広げフライ、する気分。実際はネットで予約を済ませ、電車に乗って。街まで揺られ。

睥睨

白い瀟洒なデザイナーズマンションの如きビルディングが眼前に聳え立っています。その最上階が婚活パーティーの会場でした。エレベーター前に屯するおそらくは同じパーリィーピーポーらしき男女達を尻目に一人そそくさ非常階段を上がります。密室で互いの戦闘能力を測るのは御免です。私はデリケートなガイなのです。途中で違う階の扉を開けエプロン姿の女性従業員から「いらっしゃいませー」と明るく元気な接客の挨拶を貰った以外は何の問題も生じず平穏無事に会場に辿り着きます。

併設されたバーカウンターのようなところで黒スーツの男性係員に名を告げ、胸元に付ける番号札を手渡されます。それから長机とパイプ椅子が並べられた奥行きのある部屋に案内されました。自己紹介用のプロフィールカードが置かれた席に腰を下ろし、ざっと辺りを見渡します。

(なんか、パッとしねえな)

誠意

そのパーティーは20代後半から30代前半の年齢が近い者を限定して集め催されたもので、女性陣は一様に落ち着いているというのか、悪く言えば地味で華やかさに欠ける印象で、行き遅れた薄倖感を漲らせているようでもあり、同じ会社に居ても口説かねえよな、多分、と私のテンションは急激に落下していくようでした。

私はプロフィールカードの年収欄に正直に200万と記し、それから思い直して“未満”と付け加えます。会社名は地元では知らぬ者がいない大手ですが、あくまで正社員では無く、契約社員、時給780円とこれも嘘偽りなく正直に記載し、誠実さを存分にアピールします。会社名にアルファベットが入り「何の略ですか?」同じ質問を度々女性から聞かれて答えるのが億劫になったので「スーパー・スポーツです!」とそこだけは適当な嘘をぶちかましました。

時計回りに男性陣だけがぐるぐる回り、数分間のトークを順番に全員と交わします。当然の様に誰とも会話は盛り上がりません。基本的に私は人見知りなのです。爪が綺麗ですね、グレーが似合いますよ、そのバッグ三百万円くらいしそうですね、鼻が丸くて大きいですね等々、適当な詰まらぬ世辞を放っては、後はお互い黙りがちです。

焦土

それから隣りの部屋に映りフリータイムが始まります。規模の小さなビュッフェスタイルでサラダやパスタ、鶏肉それに原価が安そうな乾きもの、少しばかりのアルコール飲料が振る舞われます。我慢していた小便と煙草を済ませ、その部屋に戻った私はワイングラス片手に独り佇み、途方に暮れてしまいます。

其処は完全なる弱肉強食の世界。まるで核戦争後の荒廃した地球でした。

見た目が小奇麗な女性を獰猛な野獣どもが早い者勝ちで、我先にと攫っていきます。大体男女とも友人同士二人参加が多いようで、至る所で四人グループが出来上がっていました。例外的に目を見張るイケメンだけは一人で二人組の女性を捕まえている模様です。

紙皿に意地汚く強欲にこんもり食べ物を盛った私は、所在無く誰もいない片隅のスペースに陣取り、むしゃむしゃ喰らい且つ飲みを繰り返すばかりです。視界に入る楽しそうな四人組の話を盗み聞きします。

「今年の冬はスノボ行った?」「最近、山登りにはまっててー」「俺のクルマ、ランクル。アウトドア好きやけん」

なんて話に花が咲いているようであり「やっぱ漱石の小説で一番好きなキャラクターは長井代助でさあ」なぞ私が思わず喰い付いてしまう話題は一向に登場せず、それから大衆迎合主義的な通俗商業映画や反吐が出そうな大型遊園地の魅力について語ることに終始しているようでした。

「アンタ、なに一人で黄昏てんの?」

赤いピンヒールを履いたモデルみたいなイイ女が近寄ってこないものかと現実逃避して夢想に耽りますが「はーい!フリータイム終了でーす。元の部屋にお戻りくださーい」との係員の大きな声に一気に現実に引き戻されます。

三択

長机の部屋に戻ると今度は、男性陣が気になる女性の席へ行きトークする時間でした。これも早い者勝ちです。先程のフリータイムでずっと一人きりだった私に狙う席等ある筈もなくうろうろ彷徨います。どこにも座りたい席なんて無いのです。必死の形相で空席を探しますが、生憎、今回のパーティーは男性より女性の参加人数が多く、絶対に誰か女性の席に座らなければなりません。

「どこでもいいんで早く座ってください!」

黒スーツにぴったりしたミニスカートが艶めかしく妙に色っぽい茶髪女性係員が私に尖った声をぶつけます。余る席は三つ。小型自動二輪みたいな取り回しが良さそうなぽっちゃりさん、リッターバイク並の排気量を誇る大型ぽっちゃりさん、光浦靖子似の姐さん、という三択でした。小デブ、デブス、醜女なぞ悪し様に罵倒する言葉が脳裏に過ぎりますが慌てて断固として打ち消します。私は英国紳士を目指す博愛主義者なのです。どうせ乗るなら大型バイクが得だろう、きっと、そう自分に言い聞かせ、大型ぽっちゃりさんの席に座ります。

席に着くと大型ぽっちゃりさんは自身のプロフィールカードをがっちり両手で見えないようにガードする体勢を頑なに崩さず、成程、彼女からしても、私はとんだ外れ籤であったようでした。

邂逅

それで最後に、女性陣が気になる意中の男性の席に座る時間が設けられました。男性は目を瞑って待つように要請されまが、女性陣は互いに牽制し合っているようで、なかなか席が決まらない模様で「別にカップルになることが決定するわけではありませんので早く座ってください。トーク時間がどんどん短くなってしまいます」女性係員は苛々した口調でまくし立てます。私はこっそり薄目を開けワインをちびちび舐めながら、早く帰りたい、と念じていました。

やっと全員の席が決まった様で、顔を上げると正面に、方眼紙柄の事務員みたいな服を着た実際に事務員をしているらしい年上の女性が居ました。昔は片田舎の零細企業の看板娘としてチヤホヤされた時代もあったけれども、今ではこのざまよ的な哀愁を湛えた青白い顔をした女性でした。どういう話の流れか、その人とのトークは単なる一方的な説教に変わってしまうのです。

「実は僕、クルマ持ってないんです」

「えっ、なんで?じゃあどうやってデートすると?」

「給料がとても安いからです。電車を使いましょう。最短距離ですし、エコだし、財布にも優しいのです。それに僕はダイヤグラムを読めます。若しくはレンタサイクル、レンタカー、最悪女性のクルマで出掛ければいいのではないか、そう思います」

「はあ?ならもっと稼げる仕事すればいいやん。やっぱ、オトコの人に運転して欲しいしねえ」

「僕だって貯金くらいあるんです!」

「へー。いくら?」

「10万、とちょっと」

「ゼロが二つくらい足らんね」

あんた全然駄目やん、いい歳してちゃんとせな、友達とか親とかに怒られるやろ…痛いところを突かれ、心中黙れくそアマと罵りつつも、もしかしたら僕たちカップルになりますかね、卑屈に言ってやると、相手は目を逸らして俯き、くっ、と声を殺して冷たく笑ったのでした。

舞踏

カップルになっていたら受付で貰う封筒に相手の番号が書かれたカードが入っており、それとは別に連絡先が記載されたメッセージカードも封入されていると説明され、受け取った封筒を覗くと、案の定、中身は次回のパーティー案内のチラシの類のみであり、それを手で思い切りグシャグシャに折り曲げ、足早に階段を駆け下り、ポケットから煙草を取り出し火を点けると、一目散に駅へ向かったのです。

下戸の癖、調子に乗って飲んだワインで足元がふらつき視界が揺れます。翼の折れたエンジェル。よくよく思い返せば自分は婚活パーティーで成功したためしなぞ一度も無いのです。まるっきり迂闊なガイでした。

そう、そのパーティーで一番パッとしない人間は実は私だったのです。

誰もいない虚ろで冷たい居室で孤独なダンス。変なおじさんの単調なステップを全身全霊で。嗚呼、春はもうすぐそこです。

この記事を書いたユーザー

久留米の爪切り このユーザーの他の記事を見る

男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス