人間って本当に偉い動物なんでしょうか

 自分の馬鹿さ加減をご披露するようですが、最近の人間社会は何事によらず理論的で、理詰めに結論を出すことが当たり前で、人智の及ばぬ世界と言いますか、物事を理由なく信じようとしないように思われます。

 知識欲は人間に与えられた特権のようなもので、人間は多くを知りたがります。多くを知ること結構、これからも無限の世界を切り開いていくでしょう。
 しかし多くを知り人間が生きるに障害と思われることを解決していくことは、本当に人間の偉さなのでしょうか。ましてや、現代を見るに人間が傲慢になり横暴さが目につくように思われます。

 ここから角度を変えてみていきたいと思うのですが、人間がこの地球上に姿を現して以来、生きとせ生きる多くの生物と、冷酷な自然とあるときは戦いまたあるときは協調しながら、生き続けてきました。おそらく今後もこのペースは変わらないでしょう。
 しかし、いつの時代からか人間が地球上のリーダーの役割を果たすようになり、科学の進歩は総てのことを人間本位に考えるようになってきたのではないでしょうか。

 人間のやりたい放題は際限がない所まで来ています。ボチボチ反省の時期に差しかかっているようですが、まだまだ序の口で人間社会の真の繁栄とは何かという問いには答えが出ていないようです。

 昔から多くの文明が栄えては滅びています。その原因の詮索は難しいことですが、それなりに人間が傲慢になり、人間が地球から与えられている以上のものを欲し、結果自然から見放されてしまったのではないでしょうか。

 二十世紀からの文明は、科学を連れ立っています。それだけ世の中複雑になっています。際限のないような人間の叡智も、また欲望も、素人考えからすればボチボチ限界なのではないかなと思います。

 下手の長談義はおいて、結論を急ごう。要はこれからの進路についてですが、私見の要旨は、なお多くを求めるか、選択して例え利器であっても人間に害すると判定しものは捨てに行くか、もっともっと学者先生の意見を結集して、世の中総てを計算ずくの計画社会にしてしまうか、そんなところではないかと思ういます。

 しかし、人間ほど偉いものはいないと思い上がり、なお多くを求めようとする構図を変えることは難しく、破滅に向かって突き進むことでしょう。
 人間の破滅は自業自得で仕方ないとして、掛け替えのない地球そのものまで破壊してしまいそうな今の勢いに不安を感じるとしたら、馬鹿な取り越し苦労でしょうか。
 

この記事を書いたユーザー

仙暁 このユーザーの他の記事を見る

八十路を迎えた萩焼陶工です。ちょっと野次馬ですが、どうぞおつきあいください。写真は苦手で文章ばかりですが、これもまた一興とよろしくお願いいたします。

得意ジャンル
  • スポーツ
  • 社会問題
  • カルチャー
  • コラム
  • 感動

権利侵害申告はこちら