わたしは満州で生まれました。日本人は背広などを着て、中国人
は着汚れたみすぼらしい服を着ていたのですぐ分りました。
ある日、叔父さんと馬車に乗った時、着いたところで車夫の方と
叔父さんが料金の事でもめ事になりました。車夫の方が不服
な顔をすると叔父は相手を引っ叩いたのです。
普段は気さくで人のいい叔父だったので子供心にもショックを
受けました。
当時、満州は日本の植民地で中国人は人ではなく単なる荷役人
だったのです。
その後、仕事で旧満州地域を訪ねる機会もたびたびありました。
その度に道行く人の中にあの車夫の人の息子さんお孫さんがいる
のではないか。居たらあの時、あなたのお祖父さん、お父さん
を殴ったのはわたしの叔父だ、すまなかったと謝りたい気持ちで
いっぱいになります。
いま日本では中国、朝鮮や東南アジアへの加害を認めず自虐史観
とひと括りで済ます風潮があります。でもあきらかに酷いことを
したのは事実だ。
原爆の被害者という一方向の戦争観ではなく加害した現実も踏ま
えた平和論議をしないと片手落ちなんだと思います。

(平和講演会でのメモより)

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