誰が、この世界の中で、まともなのだろう?とよく考えるものです。



安定した生活、より良い生活を送るために、サラリーマンをして、子供や奥さんを養っている人



生活にいっぱいいっぱいで、生活にも困ってる人



夢を追って、ボロボロになってもまっすぐ向かっていく人



病気の中で、苦しみ、生きる力も失っている人



俺のように、生きるポジションを失っているが、漠然と前に進む人



その例は、直接何かを訴えるつもりもないですが


ごく一般的な生き方をすることが、一番楽なように、社会は作られてきました。

しかし、中間層も崩れてきて、その一般的な生き方も、難しくなってはいます。

かといって、上の層も、その厳しさの中で維持し

中間層、低層も厳しさにあると思います。

逆に、そういうことを真面目に考えすぎる社会の矛盾と

その馬鹿らしさで包まれている構造もあると思います。



そこで、何が、まともか?と問うたとき、矛盾の中で、それを維持して威張っている人がまともにも思いませんし

矛盾を見て、それに楯突かないで、黙っている人がまともだとも思いません。

同時に、その矛盾なら、黙ってた方がいいこともあるとも思います。

そのように、どこに、その論点に対して、バランスを置くか?というところだと思います。

そこで、様々な世界を見てきて、どこにバランスがあるべきか?

それを責任を持って、仕切る人が、ひとつに必要な状況だとも思うのですよね。

それが、越権行為になっては全くなりませんが、そういう矛盾や意味のなさを維持しても、意味がありませんし、誰かを傷つけることになります。



それをどう見るか?

そういう総合的な在り方が、今の社会にて、どうあるか?





考えるところです。


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