子供を、いい学校に入れて、いい仲間と、いい教育者と、その先へという想いの中で



結局、受験という問題に、親は縛られます。
親が仕事を通じて、何かいいことをしようとしていても、その子供の受験を考えると、媚びずにはいられません。



正直、学校の先生、塾の関係含め

そこから、本意でなく扱われたら、子供の将来が潰されています。

それぞれの権力者は、そういうところにも手をあげる人もいるでしょう。

その中で、親は、受験という縛りがある中で、どうすればよいのでしょう?



自身は、ひとつに、参考書の時代にしても、悪くない
そして、そういう機関に縛られて、潰される要素もある中で
そういう見方もひとつにできます。

もちろん、需要と結果の問題。塾の経営。講師の食いっぷち。



問題もあるでしょうが、そもそも、暗記的知識獲得に重点を置き、そもそもの教育の役割がなくなっている中で、それを競争しても意味がないですし

逆に、その中学生、高校生の時期に必要なことは、自分でマネージメントする能力を得ることです。



そのために、どうコーチが適切にフォローできるかということだと思います。

そこに、講師の意味があります。



そういう意味で、参考書などで、自習して、自身なり、コーチに付き添ってもらい、学ぶ。

そういう在り方もあるべきです。



参考書をうまく活用すれば、またいい参考書に出会うかどうかで、その運命が大きく変わります。


その見極めですよね。大きくは。



その材料をどう提供するか?

それを見つけること?

それが受験、勉強においての一番の境目だと思っています。


そして、そういう人たちに、報われるべき、道があるべきです。

受験産業王道の中で、もちろん健全なところはそうだと思いますが、受験がすべてではないですし。

将来に渡って、生きる能力をつけることも、本来であれば、必要な力でもあります。

何が何でも、「合格」という考えがそもそも違いますし、合格できて、他にも生きる力がつけばよいと!

そう考えるべきであって、それが甘いというのなら、そういう収縮する世間の連鎖につながる中で、いつまで不毛なことを繰り返して、満足している大学の在り方ということにもなります。





しかし自身は、大学生活。いろいろあっていいとは思っています。

緩い学校も、厳しい学校も、普通の学校も



ただ、自身でどうバイト、授業、サークルの中で

うまく、上昇し続けるように、模索し、悩むこと



そういうことだと思っています。



学校が酷かったら、自分で何か違うことをする。

バイトがおかしかったら、辞める。

学校が良かったら、それに集中する。

バイトが良かったら、なるだけやってみる





全部正解です。

その中にて、どう取捨選択していくか?



その力をつけるべきです。

そのコーチとなりえる、先生をひとつに見つけること。



そういうことを、ボイトレ教室にて、しゃべっていきたいとも思っています。

自分の得意分野、苦手分野含め

限界もありますが、一人の大人として、同じ目線で対峙しようと思ってはいますが・・・・

最初に言い訳をした中で、それ以降はぶれないタイプです。

















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