タバコをやめて
毛嫌いするような奴が
偉いのなら、
世の中に生きてる
すべての人は偉い。

禁煙は愛だと言うのなら
タバコは愛だし
美味く吸える人も当然
愛でなければおかしい。

「愛」という言葉を
都合よく使う
愚か者は多いが、
禁煙成功者の主張には
タバコに対する愛が
全くない。



タバコをやめたから
偉いなどと言う、
そういう考え方の
人間とは
付き合わないほうが
身のためだと思う。

美味く吸えた報告が
愛煙家仲間から
くることがあるが、
そのときはそれこそ
「凄いね!」
と褒めまくる。

そして、
不味いタバコを吸って
タバコさんと自分に
謝ったという報告が
きたもんならそれこそ
「偉い!」
と褒めまくる。



何かを我慢して
生きなければいけない、
ということも
人生には沢山ある。

しかしだからといって、
我慢することを
「教訓」として
誰かに助言するのは
間違っている。

我慢しなければ
いけないことは
もちろんあるだろう、
しかし我慢したのなら、
「解放してあげる」
ことを教えられる
ようでなければ
助言する資格は
ないのではないか。



【愛煙セラピー「2175」】 

『タバコをやめた
嫌煙者が偉いのなら、
世の中すべての人は
当然のごとく偉い。
禁煙成功者が偉いなら、
美味く吸える人は
神がかった存在だ。』

2016/02/27
愛煙セラピスト
志村嘉仁

なぜいつも嫌煙者に
ケンカを売るような
ことばかり書くのか。

もちろんそのつもりが
あるから書くわけで、
書くのをやめる気など
さらさらない。

なぜ書くのか?
「どう考えてもおかしい」
と思うからだ、
タバコを愛する人が
自信を持って
美味く吸えるように
「愛煙」を書いている。

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愛煙セラピストの志村嘉仁(しむらよしひと)です。
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