私の舌がまだひと言も語らぬさきに、
 主よ、あなたはすべてを知っておられる。詩編139:4

 イエスの言葉:
あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。
   彼らのまねをしてはならない。
 あなたがたの父は、願う前から、
   あなたがたに必要なものをご存じなのだ。マタイ6:7〜8

         (ローズンゲン日々の聖句2/25;木)

 私たちは、自分の念力、法力をによって、見えない霊の世界の運命、法則を、自分の願いのように変えようとするようですね。
それで、自分の念力、法力を強めるよう、修行をし、そのような祈りの修練を積むようです。
「異邦人のようにくどくどと祈る」とは、そのような祈りも含むのでしょうか。
ともかく、自分の祈りの力で、自分願いを通そうとする祈り。

 天の神、主は、私たちのすわるのも、立つのも知っておられ、
私たちの思いを遠くから読み取られる方。
私たちの歩みと伏すのを見守り、私たちの道をことごとく知っておられる方。
私がひと言も言っていないのに、私が何を言うのかをことごとく知っておられる方なのだそうです。

 その方は、私たちの内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられた方。
私の骨組みが仕組まれるのを見守っておられた方。
その方は、胎児の私を見られ、私の生涯のすべてがその方の書物に書きしるされたのだそうです。
私のために作られた日々が、
しかも、その一日もないうちに。(詩篇139:1~16より)

 さらに、イエスの十字架刑で処刑をとおして、受け入れる者に来てくださる「聖である霊」と呼ばれる方。
その方は、弱い私たちを助けてくださるのだそうです。
私たちは、どのように祈ったらよいかわからなくても、その方ご自身が、言いようもない深いうめきによって、受け入れる者のためにとりなしてくださり、人間の心を探り窮める方は、その方の思いが何かをよく知っておられるので、私たちのことをよく分かっていてくださるのだそうです(ロマ8:26~27)。

 それで、天の神、主は、私たちが願う前から、私たちに必要なものをご存じなのですね。
だから、力を入れて、くどくどと祈って、自分の祈りの力で神を動かそうとする必要はないのだそうです。

 天の神、主は、母親が、自分の小さい子が自分の願いを母親に告げるのを喜ぶように、私たちが自分から思っていることを告げてくれるのを喜ばれる方なのだそうですから。

 「アバ、父」、「お父さん」と呼びかけ、話しかけて、願いを告げ、知ってもらうといいのだそうですね。
天の神、主は、私たちに必要なものは、すでに知っておられるのだそうですから。
今日も。


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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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