選手は心を磨け

 日本に限らず、世界中の各国でスポーツ振興に巨費が投じられ、勝利を目指して日夜努力が続けられているようです。目的は当然勝つことにあります。人間の持つ闘争心と相まって、今や過熱状態も頂点ではないかと思うくらいです。

 人間に与えられた闘争心は生きていく上でどの分野においても存在するものですが、スポーツが崇高な世界であることの一つの証左は、決められたルールに従ってフェアに戦うところにあると思います。薬物使用であるとか、八百長がアンフェアとして、明るみに出れば大きい事件として処分されるのは当然のこととなっております。

 スポーツ界の現状で、私が一番気になるところは、スポーツと商業世界が連携することによって、多くのスポーツがプロ化され、話題の中心も金額面などに移ってきたのではないかと思うほど本末転倒しているように思えてなりません。

 やはりスポーツはいかなる競技でも勝たなければ人気も出ないし、社会の注目を得ることも難しいようです。その結果優秀な選手には巨額な金銭が用意され、常軌を逸したとも思える形が出来ているのではないかと思われます。

 特に現代においてはプロ化されることによって利益を上げることは使命とされていますから、限られた優秀な選手には巨額なギャラが支払われるような、一般社会とは異質な世界を作り出す方向に邁進せざるを得ないのでしょう。

 スポーツ世界で勝つという目的にすべてが集約されたのはいつからでしょうか。考えてみれば最初からそうであったと言えるかも知れませんが、私も日本人の端くれとして、武道に見られる勝敗を超えた心の修練と言うものが、スポーツを見るとき、ただ勝敗だけにこだわることに違和感を感じさせるのかも知れないと思うのです。

 今一つ私の気がかりは、スポーツ界全般の傾向として、優秀選手に限らず勝つことによって少しでも名前が売れてくると、すぐタレント化していく風潮です。引退後であれば良いとしても、現役選手があまりにも「目立ちたがり」に見える場合など考えものではないかと思うのですが如何でしょう。

 また、選手の表彰も公的、ジャンル別など年間にはかなり行われていますが、それを利用してスポーツ関連以外の所で、お金儲けに走るように見えるのは、品格も問いたくなるし、せっかく築きあげたアスリートとしての本質を踏み外しているのではないかと疑いたくなります。
 
 選手すべてが聖人たれとは言いませんが、日本にはスポーツと隣り合わせ?の武道があります。そこに心して、世界の人々から高い評価をしてもらえる品格あるアスリートに育ってほしいと思う次第です。

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仙暁 このユーザーの他の記事を見る

八十路を迎えた萩焼陶工です。ちょっと野次馬ですが、どうぞおつきあいください。写真は苦手で文章ばかりですが、これもまた一興とよろしくお願いいたします。

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