放送禁止用語が増え続けている

障害者の「害」の字が、障害者自身を害とイメージさせるということで、最近はひらがな表記にするケースが増えています。

2016年2月7日放送の『ワイドナショー』で、放送禁止用語、自主規制のNGワードが増え続けていることについてのコーナーがありました。
出演していた乙武洋匡さんは、「障害者」と書くときには、漢字で表記しているそうです。
「そのように(不快に)感じる方もいればなんとも思わない方もいるなかで、なぜクレームが来たら一律にそうしなきゃいけないのか私は疑問を感じる」と乙武さんは述べました。

乙武さんは例として、「背が高いですね」という言葉を挙げました。
褒め言葉として使われることが多い言葉ですが、小さいころから背が高いことでからかわれた女性からすれば傷つく言葉。
では「背が高い」という言葉は遣ってはいけないのか? そうはならないですよね。

「誰かが傷つくから」という理由で禁止にしてしまえば、何も喋れなくなり、この世のすべてが否定されてしまいます。

簡単に非難できる時代

今はネット上に匿名で自由にコメントができる時代です。
「不妊治療してる人も大勢いるのに、芸能人の出産をニュースに取り上げるなんて」
という書き込みも見られました。

出産の話をしてはいけないというのでしょうか?

それがダメだったら、
「婚活している人も大勢いるのに、結婚しましたと報告するなんて」
「タマゴアレルギーの人もいるのに、マヨネーズのCMを流すなんて」
「障害者が大勢いるのに、五体満足の選手たちがスポーツしている映像を流すなんて」
「耳の不自由な人がいるのにコンサートを開催するなんて」
「心が塞ぎこんでいる人の前で笑顔になるなんて」
という意見も認められるということでしょうか?

否定しようと思えば、なんでも否定できてしまいます。
しかし、それでいいのでしょうか?

なんでも否定する人がいる

心理学科のジャスティン・ヘプラー博士らは「Journal of Personality and Social Psychology」で、欠点ばかりに目を向けてなんでも嫌う人たちがいるという研究結果を発表しています。
どんな素晴らしい作品であろうと、一部の人はそれを理由なく嫌い、否定するのです。

ですから、何に対しても、多少のクレームがあることは想定しなければなりません。
そして、クレームがあったからといって、必ずしもクレーマーの言いなりになって何らかの改変をしなければいけないわけではないのです。
問題がなくても、否定する人は否定するのです。

ごく一部の、否定することが目的の人たち

スキャンダルを起こした芸能人が出演していたというだけで、テレビ局に10分で1000件の苦情電話が寄せられたというニュースも記憶に新しいでしょう。

果たして、本当にきちんとした理由で批判ができた電話は存在したのでしょうか。
批判とは、検討したり、良し悪しをしっかり見極めた上で、評価することです。

「不快だから」「子供になんと説明すればいいのか」という内容ばかりだったそうですが、「不快だから」という理由で否定するのが認められるならば、冒頭の乙武さんの話にもあった「背が高い」という言葉は禁句にしなければならなくなります。
(子供に説明……というのは、ほとんど不快であることの言い訳のように聞こえますが、そんなに子供に説明しなければいけない状況になるのでしょうか。だとすれば、そこできちんとした教育をするのが親の役目ではないのでしょうか。)

「自分が不快になるから」という理由は、自己中心的な考えであり、その芸能人を見るのが嫌ならばチャンネルを変えるかテレビを消せばいいだけのことです。
執拗にテレビ局に電話までするというのは、憂さ晴らしや八つ当たり、クレームを入れるというその行動自体を目的としていると思われても仕方ありません。

ごく一部のクレーマーに屈するべきではない

すべてを否定する人々や、自己中心的な考えで個人の感覚を人に押し付ける人々の意見を全部受け入れていたら、きりがありません。
そんなことをすれば、テレビでは何も放送できなくなり、普段の生活でも何もしゃべれなくなります。

少数の意見は無視をしてもよいと言っているのではありません。
しかし、すべての人に当てはまるものなど、ほとんど何もないと言っても過言ではありません。

手相占いをする人は、別に手のない人を侮辱しているわけではありません。
3D映画をつくる人は、視力のない人を侮辱しているわけではありません。
「障害者がかわいそうだ」とクレームが入ったら、その仕事を辞めるでしょうか?
辞めないですよね。

ホラー映画や、絶叫系アトラクションの苦手な人が、「なんでこんな恐ろしいものを作るんだ! やめろ!」と訴えても、「じゃあ、観なければいいでしょ、乗らなければいいでしょ。それが好きな人もいるのだから」ということになりますよね。


ただチャンネルを変えれば済むことを、執拗に「不快だ!」という理由で苦情電話を入れる行為の違和感。
「じゃあ、観なければいいでしょ、テレビ消せばいいでしょ」。
それだけのことができず、どこかに攻撃しないと気が済まない人たちに屈してはいけません。

自分が受け入れられないことをすべて否定する人の意見をいちいち聞いていたら、何もできません。

日本人1.2億人のうち、1000人が苦情を入れたとして、なんの問題もないと思っている、むしろ好感を持っているという人が1億人以上いても、クレームに屈するのでしょうか?

もちろんクレームのおかげで問題が発覚し、問題解決に繋がることもあるでしょう。
しかし、「不快だ」というクレームは十中八九「自己中心的な思考」によるものです。
不快なら自分で避ければよいのです。

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固定観念を撲滅せよ。

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