高度経済成長の頃は、比較的国民横並びで国の収益を分かち合ってきた。人口が増え都市部に土地を持っていた者は個人対企業(例えば個人対三菱地所)という取引で莫大な資産を形成した。後れて来た者は、都心には既に家を買えない。せいぜい神奈川・埼玉・千葉の分譲住宅かマンションである。それすら買えない人もいただろう。バブルの時、私の10歳位、上の上司は、2500万円で買った聖蹟桜ヶ丘の中古マンションを3500万円で売り、それを元手に田園都市線沿線のマンションを購入。しばらくしてそれを5000万円で売り、新座に一戸建てを建てた。懐かしいバブル物語である。
バブルを享受できたのは、団塊の世代までだ。バブルがはじけ今に至る空白の25年が続く。バブルがはじける前に資産形成の目処をつけた、かつての高度経済成長を謳歌した人々は、バブルがはじけた後は財産保全にやっきになった。国全体の資産が目減りする中で雇い主は、正社員を採らず、派遣社員中心にした。これを後押ししたのが小泉・竹中だ。労働組合も既得権益層になった。正社員という既得権益。派遣社員は仲間じゃないのだ。雇い主はそれでも業績が回復しないとリストラで正社員の首を切り始めた。大企業も中小企業もオーナーは資産家だ。労働者国民を使い捨てにし、自分の財産保全に走っている。
以前、私はデフレはなくならないと指摘した。
自動車メーカーは20代、30代は車への興味を失ったと青くなっているが実家通いでなければ、車を所有する経済的基盤がすでにないのだからそうなる。住宅メーカーも状況は同じだろう。せいぜい老朽化した親の家をリフォームする程度。
いま国際化社会で先進国と中進国がせめぎ合っている。中国やインド、ブラジルなど。日本の資本財(マザーマシン)を作っているメーカーはたいへんな利益を計上した。この精巧なマシンのおかげで中進国も一定の品質のモノを作ることが可能になった。品質に変わりがないなら、お互いの労働者の賃金の差が価格競争のポイントになる。だから、日本のデフレは中進国の労働者と同じ賃金水準になるまで止まらない。賃金水準が同じになったら、価格競争で賃金も下がり続ける。だから国際マーケットで戦う限り、賃金水準は回復しないだろう。アップルのような製品を開発しない限り。
だから自民党がデフレ脱却、といっても無理だ。幻想を振りまいているだけ。第二次アベノミクスも相変わらず異次元の金融緩和と輪転機を刷ってはいるが、家計に回らないのでは全く意味がない。たまにテレビで大手会社が賃上げするといったニュースも日本に会社と呼ばれるものが400数万社あり、大企業と呼ばれるものは1万社ちょっと。労働者ベースでは全労働者の3割はそうだが、そのうちの4割は非正規だから該当しない。
むしろデフレを前提にGDPの公正な社会分配をいかに作っていくかの議論をすべき時にきていると思う。少なくとも「経済」「経済」「景気」「景気」の念仏を唱える安倍政権じゃむりかもしれない。良い案があれば、与党の方々、ご提示ください。今、京都大の研究室から提示されている「縮小化社会」という新しい枠組み提案に本腰を入れて検証されてはいかがでしょうか。

縮小社会への道

出典 http://www.amazon.co.jp

選択肢の一つとして価値あり

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