下町の町工場にスポットを当て、大ヒットしたドラマ『下町ロケット』。武骨な職人たちが技術への誇りを胸に、品質にこだわり抜く姿勢は多くの共感を呼んだ。信条を貫き逆境をはねのけ、完成した製品を目の当たりにして涙を流す、そんな姿に胸を震わせた視聴者も多いことだろう。

今回、そんな町工場の仕事現場を体感できる激レアバイトが募集されている。

なんでも、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」の製造に関わる企業での、部品製作などを体験できるという。下町ロケットさながら、トップクラスの技術力に触れられる滅多にない機会といえよう。

しかし、そこは厳しい職人の世界。いざ飛び込むとなると若干の不安もある。モノづくりを極める少数精鋭のプロ集団というイメージが強い町工場ゆえに、実際にどのような仕事をしているかについては、外部からうかがい知ることは難しい。そこで、知られざるその実態について探るべく、タウンワークマガジン編集部が、とある町工場を訪ねてみた。

深海探査艇や電気自動車など最先端プロジェクトの一旦を担う町工場を直撃

訪れたのは、墨田区にある浜野製作所。世界トップシェアのメーカーや、宇宙開発関連の企業など、誰もが知っているような超有名なクライアントを多数持つ町工場である。

出典 https://townwork.net

「こんにちは、浜野製作所へようこそ」

入り口で出迎えてくれたのは、ビビッドな赤い作業着姿が似合う2代目社長の浜野慶一さん。墨田区のみならず敏腕社長として名の知れた人物である。NHKのニュース番組をはじめ、テレビ東京系『ガイアの夜明け』など一流メディアにも多数出演している大物なのだ。

浜野製作所では、次世代モビリティの開発を目指した電気自動車「HOKUSAI」や、内閣総理大臣賞も受賞した深海探査艇「江戸っ子1号」など、産学官連携の先端的なプロジェクトも多数担当している。

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こちらが電気自動車「HOKUSAI」。地元ゆかりの浮世絵師、葛飾北斎にちなんだネーミングだそう(写真提供:浜野製作所)

町工場発の「匠の技」が世界に羽ばたく

最盛期には墨田区に9700くらいあった町工場も、いまでは3分の1以下に減ってしまうなか、培った技術力を高いデザイン性を持った製品に反映させ、世界に認められた町工場もある。浜野製作所は、まさにその代表格。精密板金加工やプレス加工といった加工技術から部品などの製品の開発設計まで、幅広い分野において高い技術力を誇り、大量生産ではなく品質にこだわった「少量多品種」の製品作りを徹底している。

浜野社長「うち以外にも がんばっている町工場はたくさんあります。たとえば、『伊藤バインダリー』という製本をしている会社は、厚い紙を90度の真っ直角に裁断するという技術を持っているのですが、その技術をつかってメモブロックを開発したんです。ブロック状に重ねた紙を究極に垂直で美しく裁断できる技術は稀なので、グッドデザイン賞を獲得してヨーロッパなどで展開されていますまた、シャツの衿や袖のパーツだけを作っていた会社は、『MERI』というニット製草履ブランドを立ち上げました。特殊な技術をもとに開発された柔らかい紐によって作られた草履はこれまでにないような履き心地が評判になり、成田空港などでも販売されて人気のようです」

墨田区以外にも、新潟の燕三条にはAppleのiPod裏面の鏡面研磨を手掛ける「小林研業」や、“爪切りのロールスロイス”との異名を持ち、世界20カ国で販売される爪切りを生み出した「諏訪田製作所」など、枚挙にいとまがないほど、日本各地には世界が認める技術力を持つ製作所がある。

日本でこうした技術力が培われる背景には、日本人特有の高い職人マインドがあるという。

浜野社長「主観になりますが、海外の技術者は図面に書いてあることしかやらないことが多いんです。でも日本人は、『ちょっと危ないかも』とか『もっとこうするといいかも』と気づいたら手を加える。これは、学んでできるようなものではなく、文化として育まれたものなのではないかなと思います。ここはなかなか諸外国の職人が追いつけるものではないので、そこを磨いていくことができる町工場がこれからの時代は生き残っていけるのではないでしょうか」

そう熱く語ってくれた浜野社長。「下町の小さな町工場でも世の中のため、人のため、子供から高齢者までのために出来る事がある」と話す姿からは、ふつふつと沸き上がる職人魂が感じられた。日本人の努力と創意工夫の積み重ねによって、世界から認められる技術力が育まれてきたのかもしれない。

浜野社長が職人を目指したワケは?

現在は社長業に専念されている浜野さんだが、10年ほど前までは金属加工の現場で30年近く働いていたそう。当時を振り返り「最初のうちは仕事が相当しんどかった」と話す。

浜野社長「4年制大学を卒業してから、当時父親が社長をしていた浜野製作所に入る前に、修行のため別の町工場でお世話になっていました。私はもともとモノづくりが好きだったというわけではなく、大学も文系だったんです。正直、製品を作らせてもらっているときも、『こんなことして何になるんだろう…』と思ったこともあります。あと、技術を学ぶにあたっては意外と数字を使うので、苦手な数字と向き合わなければいけなかったことも苦痛でしたね」

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大学を卒業してから半年くらいして参加した同窓会で、周りがパリッとしたスーツを着ているなか、作業着で参加したという浜野社長。かつてともに学生生活を謳歌した仲間との差を目の当たりにして、「羨ましいとは思わなかったけど、そっか、俺は町工場で働いているんだ…」と複雑な心境になったそう

やはり、なかなか厳しい世界のようだ…。だが、モノづくりに興味がなかったという浜野青年は、なぜ技術者として生きる道を選んだのだろう?

浜野社長「じつは、大学後の就職先は大手の商社に決まっていました。ですから、親父の後を継ぐつもりは毛頭ありませんでした。というのも、家族経営だった浜野製作所を小さい頃から見ていて、父親も母親も本当に大変そうだったんです。自分は親のようにはなりたくないと思っていましたね」

しんどい反面充実感に満ちた町工場での仕事

そんな浜野社長に転機が訪れたのは、ひょんなことから父親とサシ飲みをしたときのこと。

浜野社長「大学を卒業する前のことですが、珍しく親父と二人で飲んだ時。それまで、親父は仕方なく今の仕事をしているのかなと思っていたんですが、本当は誇らしくて心から面白いと感じながら仕事をしていることを初めて知りましたその熱い想いに触れたことで、『サラリーマンは代わりがきくかもしれないけど、浜野製作所は俺が継がないと終わってしまう』ということに思いがいたり、何とも惜しく感じられたんです。それで、親父がそこまで誇りを持っている仕事をやってみたいと思いました」

何だかドラマ以上にドラマティックな話である。入所当初はモヤモヤする気持ちはありながらも、続けていくうちに「できなかったことができる喜び」を少しずつ感じられるようになったとか。

浜野社長「町工場で働く魅力は、やはり自分の手でこだわりのある製品を作れることが一番ではないでしょうか。じつは作っている部品については、発注元から何に使われるのか知らされないことがほとんどです。でも、なかには後から、どんな製品の部品なのか教えてもらえることもあって、何に使われているか分かるとそれはそれで嬉しいですし、誇らしく感じますよね」

会社を継いでからは社員二人しかいない時期も経て、今は34人のスタッフが働いているそう。一橋大学や早稲田大学、美大卒など高学歴社員も抱え、若者からも人気の町工場として注目されている会社へと成長したのだ。

というわけで、今回は厳しいながらも夢がある町工場のお仕事についてうかがった。今回の激レアバイトでも、浜野製作所に負けないくらいの熱い技術者魂を感じることができるはずだ。文系・理系関係なく、興味がある人はぜひ応募してみてはいかがだろう。応募期間は2016年2月8日AM6:59まで。


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出典 https://townwork.net

※この記事で紹介したバイトの募集期間は2016年2月8日AM6:59までとなります。

取材・文・撮影:末吉陽子(やじろべえ)

■取材協力
浜野製作所
http://hamano-products.co.jp/

出典 https://townwork.net

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