事件が起きたのは2015年2月の寒い夜のことでした。

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

事件が起こった川崎区の多摩川河川敷には今でも多くの方が上村遼太さんを思い、訪れています。

忘れもしない2015年2月20日の事件。
川崎市川崎区の多摩川河川敷で中学一年の上村遼太さんが殺害された事件「川崎中1殺害事件」が起こってしまいました。
記憶にも新しく、犯人は主犯格少年A・少年B・少年C。
あまりにも残酷で衝撃な事件でした。

2月2日から3日間、主犯格の裁判員裁判が横浜地裁で開かれました。

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月に起きた中学1年上村遼太さん=当時(13)=殺害事件で、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の少年(19)は2日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)の裁判員裁判初公判で「間違いない」と起訴内容を認めた

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検察側は冒頭陳述で動機について「頬を数回切り付けた後、中途半端なまま帰すと報復されると思い殺害することにした」と指摘した。

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一方、弁護側は、別の少年からカッターを渡されて反射的に切り付けるなど「予期しない偶然が重なった」と主張。「絶対殺すという強い殺意はなく、誰か止めてくれないかという気持ちがあった。ほかの少年と交代で切り付けているうちにどうしていいか分からなくなり、瞬間的に暴走し殺害した」と説明した。

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起訴状によると、昨年1月17日午前2時ごろから約30分間、横浜市内で顔を殴り約2週間のけがをさせたほか、同2月20日午前2時ごろ、多摩川河川敷で上村さんの首を多数回切るなどして殺害したとしている。

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あまりにも残忍な殺害方法で、当時はISISが注目されていたこともあり「川崎国」とも言われていました。
体をカッターナイフで切られ、2月の夜の寒い海を泳がれ…
弁護側の説明も無理がありますし、人の命をなんだと思ってるのでしょうか。

「遼太の命は(被告の少年に)背負えるほどちっぽけではない」

上村さんは両親が離婚した後の小学6年の時、島根県隠岐諸島・西ノ島から川崎に来た。
上村さんの父親は今でも上村さんが以前住んでいた島で働いており、離れて暮らしていることもあり携帯電話をプレゼントし、メールなどで連絡をとっていたようです。
被害者参加制度を利用して意見陳述をされ、上村さんに最後に会った事件の約2ヶ月前のこと、上村さんとの最後の言葉「今度の夏休みは(父親の暮らす)島に行きたいんだけど」と言っていたことを話していました。

「遼太がいなくなって1年がたとうとしています。遼太を失った悲しみは何一つ癒やされることなく、これからもないと思います。私たちは一生この悲しみ、苦しみを持って生きていかなくてはなりません」

 「私は今、島で暮らしています。遼太と生活したとても小さな島です。遼太は家に入るとき、なぜか玄関ではなく、リビングの窓から『お父さん』と言って入ってきました。(島の)どこに行っても遼太のことを思い出してしまいます」と、上村君が小学6年で転校するまで住んでいた島根県隠岐諸島の西ノ島の思い出話を交え続けた。

 「最後に遼太に会ったのは、(15年の)1月2日でした。回転寿司で昼食を食べた。あの子はいつも、マグロとサーモンばかり食べた。少し照れたような笑顔を見せながら。別れ際に遼太が『今度の夏休みに島に行きたい』と言ったのが最後になった。でも、遼太は島に帰ってこない」

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「犯人は、私と一度も目を合わせなかった。反省しているとは思えない。(14年6月に)鉄パイプで人を殴った時も反省したのではないか。(昨年1月に上村君が少年に暴行された)日吉事件でも『反省している』と言って、(その後)遼太の命を奪った」と少年の態度に不信感を募らせた。

 「遼太がこれから得る喜びを全て奪った。遼太の成長とともに私たちが得る喜びを全て奪った」と空虚な日々を過ごしてきた思いを述べ、「犯人は『遼太の人生を背負っていく』と話していたが、冗談じゃない。遼太の人生はそんなちっぽけなものじゃない」と怒りをぶつけた。

 最後に「あれから激励の声もいただきましたが、私は前を向けない」と涙声で吐露した。リーダー格の少年は、うなだれるように床を見つめていた。

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上村さんの父親は、初公判が行われた2日から3日間検察官の後方で審理を見守ってきたました。
父親の意見陳述の際には、法廷中からすすり泣くような声が聞こえる中主犯格の少年はうつむいて座りながら微動だにせず、一度も顔をあげることはなかった。

主犯格の少年の懲役10~15年求刑

検察側は「犯行はあまりに残酷。被害者に与えた苦痛や恐怖、絶望感は大きい」として懲役10年以上15年以下の不定期刑を求刑した。

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2月2日から3日連続で行われた公判は結審となり、判決は評議を経て10日に言い渡されるようです。

懲役10年以上15年以下…この求刑について世間の反応はどうでしょうか。

誰もが納得できず、耳を疑うような求刑でした。
これでは、ご遺族の方々がたまったものではありません…。
いつまで経っても上村遼太さんは帰ってこない。悲しみも癒えることがない。
こんなひどい仕打ちをした犯人がたったの15年ほどで出てくるなんて信じられません。

極刑を求める!!

change.orgでは、現在も極刑を求める署名を集めています。
2月4日の夕方時点で4,600人もの署名が集まっています。

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