主なる神よ、
 力強い御手をもってエジプトから導き出された、
  あなたの嗣業の民を滅ぼさないでください。申命記9:26

 パウロの手紙:
あなたがたの中で善い業を始められた方が、
 キリスト・イエスの日までに、
  その業を成し遂げてくださると、
   私は確信しています。フィリピ書1:6

      (ローズンゲン日々の聖句2/1;月)

 天の神、主が、イスラエルを恋い慕って、御自分の民として選ばれたのは、イスラエルがどの民よりも数が多かった、優秀であったからではないのだそうです。
「事実、あなたがたはすべての国々の民のうちで最も数が少なかった」(申命記7:7)のだそうです。

神を愛するものでも、誠実なものでもなく、うなじの強い、強情に自分の思いを押し通す者。
ホレブ(シナイ山)で主が民と契約を結ばれたときも、契約の石の板を受けるために山に登ったモーセの帰りが遅いということで、鋳物で金の子牛を作り、「これが私たちをエジプトから連れ出してくれた神だ」と言って拝んだのですね。

荒野の旅の不平を言い、
マサでは、飲む水がなかったので、「いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのですか。私や、子どもたちや、家畜を、渇きで死なせるためですか」とモーセに迫り(出エジプト17:1~7)、

キブロテ・ハタアワでは、「ああ、肉が食べたい。エジプトで、ただで魚を食べていたことを思い出す。きゅうりも、すいか、にら、たまねぎ、にんにくも。だが今や、私たちののどが干からびてしまった。何もなくて、このマナを見るだけだ」と天幕の入り口で泣いたのだそうです(民数記11:4~35)。

カデシュ・バルネアでは、主が、「上って行って、わたしがあなたがたに与えている地を占領せよ」と言われたのに、その御声にも聞き従わず、エジプトに帰ろうとしたのだそうです(民数記13:1~14:25)。

それで、主が民を根絶やしにすると言われたので、モーセは40日40夜、主の前にひれ伏し、この言葉をもって執り成したのだそうです。

 私たちも、自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って歩んでいた者、自分の欲の中に生き、生まれたときからの自分の心の望むままを行い、御怒りを受けるべき者、約束の契約からは除外され、この世にあって望みもなく、神もない者(エペソ2:1~3、11~12)、この世にあって、知恵のある者ではなく、弱い者、取るに足りない者、見下されている者、無に等しい者でした。
 天の神、主は、そのような私たちを愛してくださり、恋い慕ってくださり、御自分と一つになる者にしようと声をかけ、招いてくださっているのだそうです。
 そして、その業を、イエスが再び来られるその日までに、成し遂げ、完成してくださるというのですね。
 そのために、「聖である霊」と呼ばれる方が、受け入れる者をおおってくださって、働いて下さるのだそうです。
今日も。



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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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