自分の顔は好きですか?

自分の顔は、両親から受け継いだ「持って生まれたもの」という要素が大きいですが、「いつも、どんな顔をしているか?」がその人の顔や表情を作っているとも言えますね。

昨日の記事で「面倒だから、しよう」という渡辺和子さんの著書の中に、「自分の顔を恥じないこと (自己受容)」という言葉が出てきて、そういえば私は、自分の顔が好きではなく、自分の顔に関して「自己受容」が出来ていなかったことを思い出しました。

「どうして自分はこういう顔なんだろ?」「妹は同じ両親から生まれたのに、いいなあ・・・。」などと、子どもの頃は人と比較したり、嫌で仕方なかったのですが、それには「自分の顔は自分のもの」という考えがあったように思います。

自己受容できていなかったので、仮に「かわいいね」と言われたとしてもその言葉を受け入れることが出来ず、「そんなはずはない」と打ち消していたので、本当にかわいげのない、残念な子どもだったと思います。

「わたし(神様)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」という聖書の言葉も知ってはいましたが、「私は、神様からも人からも愛されるような子ではない」と思っていました。

そんな私でしたが、中学1年生のクリスマスにバプテスマ(洗礼)を受け、少しずつではありましたが、心が明るくなってきたことを感じました。

自分の顔について、最も大きな変化を与えたのは、新約聖書エペソ人への手紙2:10の聖書の言葉です。

「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。」

出典新約聖書エペソ人への手紙2:10

「私たちは神の作品」である

「自分の顔は自分のもの」と思っていましたが、聖書には「私たちは神の作品」であると書かれています。

私が「神の作品」だったら、「失敗作」はなく、「最高の作品」として作られ、神様は満足しておられると思ったのです。

「だったら人と比較したり、文句は言えないな・・・^^;」と。

そのことを理解して以来、私は自分の顔についてコンプレックスに思うことは全くなくなったわけではありませんが、格段に減りました。

「God’s masterpiece」(ゴッズ マスターピース)

「神の作品」と訳されている言葉は、英語では「God’s masterpiece」(ゴッズ マスターピース)

「マスターピース」を辞書で調べると
1 最高傑作, 名作, 傑作.
2 名人芸, 絶品.
3 腕だめしの作品.
という意味を持ちます。

「マスターピース」の「マスター」という言葉は、「マスターキー」という言葉が分かりやすいと思いますが、「コピーされたスペアキーではない、もともとの重要な、なくしてはいけない鍵」ということになります。

神は私たちを、「神のマスターピースとして」作られました。

それは「オリジナル」で、特別な最高傑作であり、ユニークな唯一無二のものであるという意味です。

そのことを知ると心が嬉しくなり、自分の顔も、自分自身も受け入れて「大事にしていこう!」と思えるようになったのでした。


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