日本におけるパンティーの歴史を見てみましょう★


◼︎江戸時代
 当時日本人女性は着物で街を歩いていました。着物の下にパンティを履いてはいません。女性たちは腰巻きと呼ばれるものを着けていました。1192年から1333年まで続いた江戸時代には、まだパンティは存在していません。


◼︎明治時代
 この頃になると、上級階級の貴婦人たちがパンティを履き始めます。タイミングはドレスを着用し始めた頃とあまり変わらないようです。パンティを履いていたのは本当に一部の貴婦人のみで、日本人女性の多くはまだまだ腰巻が主流でした。

◼︎昭和時代
 実は昭和時代、日本人女性がパンティを強烈に意識させられた出来事が2つ立て続けに起こりました。日本人なら誰もが知っている「関東大震災」、そして年配の女性達が覚えているであろう「日本橋白木屋百貨店の火災」がきっかけです。
 1923年9月1日。「関東大震災」が日本を襲い、建物倒壊と火災によって10万人以上の方が亡くなりました。焼死してしまった女性たちの姿を目の当たりにした時、問題になったのが和服の動きづらさ。そしてこれを機に、生活改善同盟会と呼ばれる団体がズロースの着用を女性たちに進め始めました。ズロースは今でいう男性のトランクスのようなものです。しかし当時はズロース=はしたないというイメージが強く、女性達にはあまり浸透していきませんでした。 
 

 1932年12月16日、冬の風が寒くなってくる頃、日本橋白木屋百貨店で事件は起きました。火災が発生し、上層階に取り残された女性達が焼死してしまったのです。火災当時、消防隊員達は女性たちに上層階からマットの上に飛び降りることを促しました。しかし多くの女性はそれができず、結局火に呑まれてしまったのです。いったいなぜ女性たちは飛び降りることができなかったのでしょう?なんとその原因は、決して「恐かったから」ではないのです。和服を着ている女性たちは一般的に下着を履いておらず、「下から自分の陰部が見えてしまうことを恥じらったから」 飛び降りることができなかったのです。この事実は後日新聞で記事になり、これをきっかけに女性達の間で陰部を隠すパンティの必要性が広まっていったのでした。
  これらの事件をきっかけに、日本人女性のパンティへの考え方が一気に変わっていきました。実際に女性たちがズロースを一般的に履くようになったのは終戦直後からだったようです。1970年頃には伸縮性に飛んだ綿の素材で出来たパンティーが登場し、1980年代には補正機能を持ったパンツも登場しました。

◼︎現代
 8月2日がパンツの日。この日は、女性が本名の男性にパンツをプレゼントする日です。気になる人にパンツをプレゼントしてみては?(笑)

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