これは、明治生まれの大叔母から聞かされた…、愛する人を失った悲しい恋物語というのでしょうか・・・。

「新妻の妊娠」

今では信じられないかもしれませんが、その当時は結婚にも順番がありました。

まずは、長男が結婚しないことには、下の弟はたとえ相手がいたとしても、兄を差し置いての結婚は出来ませんでした。

ですが…、ちょっとした事情があり、兄の結婚が遅れました。
そのせいで弟は、子どもの頃からの幼馴染み(婚約者)である女性との結婚が遅れたのです。

兄は自分の事は気にせずに結婚すればいいと言いましたが、当時はその様なことを世間が許しませんでしたから、弟とその女性は結婚するのを数年待つことになるのです。

そして、やっと兄が結婚したので、翌年、弟は無事にその女性と結婚し、すぐに奥さんの妊娠が分かったときにはそれは喜んだそうです。


「出産は女にとって命がけ・・」

今とは違い、病院で産むのではなく、子どもを産むのは自宅だった時代。出産は医者ではなく産婆さんが子どもを取り上げました。

そして、信じられないかもしれませんが、妊娠中、或いはそれを無事に過ごせても、出産時に母子ともに亡くなるケースは、とても多かったのです。

勿論、今でもいくら医療が発達したとはいえ、子どもを産むのは、女性にとって自分の命をかけるくらい大変なことにかわりは無いと思います。

ですが当時の医療事情や、まして田舎のことですから、その当時の充実した医療設備のある病院などというのは、山を幾つも越えた大きな町にしかなく。

子どもを授かったという喜び以上に、子どもを無事に産むのは文字通り女性にとって命がけの時代だったのです。

それに当時は、家で子どもを産むのが当たり前でしたから、そういった悲劇(流産、死産、母子ともに亡くなる…などの悲劇)を、子どもの頃から目の辺りに見てきた弟は、奥さんに重い物など一切持たせない。

なにかと口を開けば「おまえは大事な身体やから、横になってゆっくりしていればいい」でしたから、奥さんがなにもさせてくれないと周りに文句をいい。

そして周りの人も、心配性の弟の方が病気になって倒れるのではないかというくらいに、弟は奥さんとお腹の子を気遣い大切にしていたのだそうです。

ですから、無事に臨月を迎えたときには、一つの山場を越えた安堵感で弟はホッとしたのだそうです。

「死んでしまいたい・・・」

ですが・・、奥さんは難産の末、元気に生まれてくるはずの子どもと一緒に亡くなってしまいます。
亡くなった弟の子どもは女の子だったそうです。

弟の結婚生活は一年と少し…、一番楽しい時期に、一番嬉しい知らせを貰い…、そして一番悲し出来事で終わりを告げました。

弟は、二人の葬儀を出すのも嫌がったそうです。たぶん、冷たい土の中に大切な二人を入れたくは無かったのでしょう。

いつまでも、自分の側にいて欲しかったのだと思います。

兄は自分の結婚が遅れた為に、弟の結婚が予定よりも遅れてしまった。
もし、もっと早く結婚していれば、弟の子どもも無事に生まれ、弟の嫁も死なずにすんだかもしれない。

責任を感じた兄が、弟に謝ろうと話しかけたときに、弟はぽつりとひと言「死んでしまいたい・・・」と言ったきり、誰とも口をきかなくなってしまったのだそうです。


「亡くなった妻と子どもの代わりに、」

誰とも口をきかなくなった弟が、本当に死にはしまいかと心配した家族や村の人が四六時中、弟を見張りました。

そんな中、見かねた親戚の一人が、とんでもない話を持ってきました。今では到底考えられない話です。

いえ、当時でも兄が亡くなり、その嫁と弟が家の為に結婚するという話はよくありましたが…。
相手が他人さまなどということは、いくらなんでもあり得ない話でした。

案の定、両親は大反対。親戚一同、話を持ってきた親戚に「おまえは、いったいなにを考えてそんな話を持ってきたんや!」と、ブーイングの嵐です。

その話しというのは…、
奥さんの出産と同時に、旦那さんが事故で亡くなった人がいるというのです。

そして、これは、なんの偶然か…。

その赤ん坊が生まれたのが、弟の奥さんと子どもが亡くなった日、つまりは同じに日に出産していたのです。
おまけに生まれたのは女の子でした。

「そやからよぉー、こっちは母親と子ども亡くしてる。あっちは、父親を亡くしてる。それも、同じ日にやよぉー。そんな偶然があるか?それに、生まれたのは女の子やぞお!そやから、その人と一緒になったらええと、わしはおもたんや」とその親戚は言ったそうです。

その話を聞いた弟は「女の子…。同じ日に生まれた女の子、俺、その人と結婚する」と言いだし。

「バカなことを言うな-」と両親は激怒。
話を持ってきた親戚は、他の親族一同から「いらんこといいおってー!」と責められたそうです。


「許してやってくれ・・・」

「兄ちゃん、俺はその人と結婚したい。その人と生まれた赤ん坊は、きっと嫁と産声さえあげれんかった俺の子の生まれ変わりや…」と訴える弟に、責任を感じていた兄は、「分かった、俺に任せておけ」と言って、弟の望む通りにしてやろうと思ったそうです。

何とか父親と親族一同の説得は出来ましたが、兄弟の母親は「もし、どうしてもその人と結婚するというなら…。もう、二度と、この村に帰ることは許さん」といったそうです。

つまり、二度と家の敷居はまたぐな、勘当するということです。

そして、弟は、「兄ちゃん、ありがとう」と言い。二度と村に帰らない覚悟をしてその人と結婚しました。


そして、その人に「子どもはこの子一人でええ。この子を大事に育てればええ」といったそうです。


弟は、だれも知る人のいない町で懸命に働き。女の子を、今でいう大学まで出し。立派に嫁入りもさせました。

そして娘を嫁に出して暫くしたあとに、その人は弟に感謝しながら亡くなったそうです。母親が亡くなれば、その女の子と弟は血のつながりが無いのですから、それで終わりと覚悟していたそうです。

ですが、その女の子が「お父さん。私のお父さんはお父さん一人だけやからね。お母さんがいんようになったんやから、私らと一緒に暮らそう」と言ってくれたそうです。


「兄ちゃん、俺、娘のとこ行くよ」と言って、弟は、本当に二度と村には帰っては来なかったそうです。



「幸せって・・・」

なにが幸せかは人によって違うのだと思います。

弟は、亡くなった奥さんをずっと愛していたのだと思います。

子どもの頃からずっと愛していたのだと思います。

だから、幸せにしてあげたかった。一緒に幸せになりたかったのだと思います。

でも、出来なかった・・・。

生きる目的を失っていた弟にとって、自分の子どもと同じ日に生まれた女の子は、生きる目的だったのでは無いかと思うのです。

だから、亡くなった奥さんの代わりに、生きて生まれなかった自分の子どもの代わりに、その女の子を育てることを、その人を幸せにすることを決心したのだと思います。

そして、その女の子が「私のお父さんは、お父さんだけやから…」と言ってくれたことは…、弟が、心待ちにした赤ちゃんと、愛した人を幸せにしたかった想いが報われた瞬間ではなかったのかと思うのでした。




そして、子どもが無事に生まれてくるのは、今も、昔も、決して当たり前では無いのだと思うのです


女性は、お母さんは…、子どもを産むために、この世に送り出すために、自分の身体も、心も、持てるすべてをかけているのだと思うのでした。



この記事を書いたユーザー

しーちゃん このユーザーの他の記事を見る

知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

得意ジャンル
  • 社会問題
  • 国内旅行
  • グルメ
  • 暮らし
  • コラム
  • 感動
  • おもしろ

権利侵害申告はこちら