様々な視点で物事を見られるようにするため

お茶の入ったコップが目の前にあります。

国語なら「透明なコップに入った濁ったお茶」

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国語的な見方であれば、見たままを言葉で描写します。

算数なら「200mlのコップに半分以下残っているお茶」

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算数的な見方であれば、数値を使って表現します。

社会なら「中国産のコップに入った静岡産のお茶」

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社会的な見方であれば、生産国や産地などに注目します。

勉強して知識が増えると色んな視点を持てて、それが自分の世界を広げる結果となる...ということなんですね

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いろいろな視点で物事を見るということは、「問題解決」において、非常に大事な手段になります。その手段を身につけておくと、大人に成長する過程において、さらに大人になってからの仕事において、大変役に立ちます。

「様々な視点で物事を見られるようにするため」と説明するときは、上述のような、具体的な例を挙げて説明すれば、子どもは納得(理解)しやすいと思います。

自分の無知を知るため

自分の無知を知るために勉強します。

勉強とは自分の無知を徐々に発見していくことである

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勉強すればするほど、自分の無知に気がつきます。

知るということは、無知という暗闇を照らす光になる

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自分の無知に気がついた時点が、起点になります。

彼らはほとんど知らないか何も知らないのに、すべてを知っていると思い込んでいるのです

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自分の無知を知れば、謙虚になることができます。

謙虚になれば、(これまで反発しか感じなかった)他人の言葉でも、素直に受け取ることができます。自分が成長する環境が整うと言ってもいいでしょう。

また、「知っている」という思い込みのトラップに落ちなくて済みます。

自分のすべきことを知るため

自分のすべきことを知るために勉強します。

この世の中のために己がすべきことを知るために学ぶ

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たとえば、何も知らなければ、「わからないところが、わからない」というカオスな状態になってしまいます。

何がやりたいのか、何が好きなのか、どんな性格なのか、どんな風に生きていきたいのか、そういうことが全くわかんなかったんです

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先人の教えや歴史などから学べることは、たくさんありますね。

「学ぶ」ことで先人・偉人の教えや悟りを身につけ、「自分が何をすべきか」を自主的に得ようとしていたのだなと

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職業にしても、表面的な知識だけでは、本当の意味で「何をやっているのか」ということが理解できません。目に見える部分だけを見て判断しても、間違うのです。

適切な意思決定をするためには、体験を含む学びが必要になります。

人生を楽しむため

人生を楽しむためにも勉強は必要です。

勉強とは、将来に向けてワクワクするような自分の地図を描くものだ

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子ども時代の勉強は、人生の地図を描くようなものです。

勉強した学問の歴史そのものが人生の楽しみの充実に不可欠なんだよ

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たとえば、子どもが文字を覚えて、自分で本を読めるようになると、世界が一気に開けて楽しくなりますよね。勉強するということは、本来そういうことなのです。

哲学や論理的思考を養って人生を楽しむ応用が利くように、あえて国語や数学って形でパッケージして教えてるんだよ

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もうひとつ例を出しましょう。

相撲の取り組みを漫然と見ている人と、力士のことを勉強して、この力士の得意は「左四つ」で、相手は「右四つ」の「けんか四つ」だから、立ち合いで左が入るかどうかが勝負の鍵だな…と考えながら見る人と比較すると、どちらの人がより高次で楽しめているでしょうか?

勉強すれば、同じコンテンツを見ても、楽しみ方が深くなるのです。

勉強をすることが人生そのもの

勉強をすることが人生そのものだと答えましょう。

勉強をすることが人生そのものなのです

出典 http://yaplog.jp

勉強は学校に通っている間だけするものではありません。

人間は生涯勉強をしていく生き物です。どんな職業の人間でもそうです

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学校でした勉強というのは、ベース(基礎)になるものです。仕事では、そこから(勉強により)積み上がる部分が大事になります。

吉田松陰先生は「学ばずして死ぬことほど恥ずかしいことは無い。」といって処刑される直前まで獄中で学んでいたそうです

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吉田松陰は、死の間際まで学んでいたそうです。この話を聞いて、石田三成が処刑される前に「柿を食うと痰が出て体に悪い」と柿を断った、という話を思い出しました。三成の場合は、勉強ではありませんが、松陰と考え方に共通点があるように思います。

健康に留意すること、勉強をすること、どちらも人生そのものなのです。

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