虐げらている人に、
 主が苦難の時の砦の塔となってくださるように。詩編9:10

 パウロの言葉:
私は弱さ、侮辱、貧乏、迫害、
 そして行き詰まりの状態にあっても、
  キリストのために満足しています。Ⅱコリント12:10

        (ローズンゲン日々の聖句1/9土)

 尋ね求める者をお見捨てにならず、貧しい者の叫びをお忘れにならないのですね。
義によって世界をさばき、
公正をもって国民に裁きを行われるのだそうですから。

 パウロは、肉体に一つのとげ(何かの病気でしょうか、肉体の弱さを感じるもの)を与えられたのだそうです。
そして、それを取り去ってくださるようにと、主に祈ったのだそうです。
けれども、主は答えられたのだそうですね。
「私の恵みは、あなたに十分である。
というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と。

 それで、パウロは言うのですね。
「私は、キリストの力が私をおおうために、
むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
  ~~~
なぜなら、私が弱い時にこそ、私は強いからです」(Ⅱコリント12:7~10)と。

 私たちは、私たち自身が強くなることを求める者です。
けれども、自分の弱さが分かり、自分の、その弱さを認められた時、
自分から手を離し、
自分は、イエスの十字架に合わせられて死んだ者だと受け取ることができるのだそうです。、
自分をなんとかしようとあがくことを止め、
そうすると、「聖である霊」と呼ばれる方をお迎えし、
この方におおっていただくことを受け入れることができ、
キリストの力でおおっていただくことを受け取る気持ちになれるようですね。

私の弱さの場所に、キリストの御力が現れますように。
今日も。




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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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