戻る階段

ある資格学校へ通っていたときの話。校舎3階のいつもの自習室で私、A君、Bさんだけが残って課題の仕上げをしていた。帰りにみんなでご飯でも食べようという話になって、課題を切り上げ3人は自習室を出た。エレベーターが調整中で使えなかったため、階段で降りる事に。課題の話やあそこの定食屋がおいしいなんて話で盛り上がりながら階段をトントン降りていき1階のロビーに着いた。・・はずだった。前を見た3人は唖然。そこはまだ3階だった。当然さっきの自習室がその先にあり、階段の踊り場には3Fの表示もある。しばらく沈黙した後、きっとここは3階と同じ造りをした2階なんじゃね?と無理矢理納得させてもう一度下に降りた。そこはまたしても3階だった。やっぱりさっきの自習室と3Fの表示がある。「えっえっ?何で?確かに階段をずーっと降りてきたよ??」通りがかりの清掃のおじさんにここは3階かと聞いてみたら、やっぱり3階と言う。もう3人ともわけが分からず、軽いパニック状態。エレベーターの調整が終わったようなので、逃げるようにエレベータに飛び乗った。1階のボタンを押して待つ間なんてもう祈るような気持ちだよ。ものすご~く長く感じたのを覚えてる。そして当たり前のように1階ロビーに着いた・・。ファミレスに立ち寄った私達は興奮覚めやらず、ご飯もそっちのけでさっきの出来事を検証。でも結局、何が起ったか原因は不明のまま。狐につままれた気分ってまさにこの事だと思うよ。何だったんだろう。校舎は4階立て。何度階段を降りても同じ所に戻るなんて物理的に不可能だよね。目印については、目に見える光景(階段脇のポスターや掲示物の位置、3Fの表示など)が目印となりました。後で確かめに行った2階の光景のそれは全く別だった。何度も目の前に現われるまったく同じ光景の不気味さは今でもはっきり覚えてます。私たちはどこか別の世界を歩いてたのかな。

子犬のお礼

心霊になるのかな??子供の頃不思議な経験をしました。小学校5年生の時、当時私はド田舎で暮らしていました。小学校は統合され、登下校はスクールバスでないと通えないような所。スクールバスが停まるのは、廃校になった小学校の校庭。初冬のある日、いつものようにスクールバスで下校しました。バスを降りると、そこに子犬の遺体がありました。雑種だったのかな?全身茶色い藁みたいな色で、四肢の先と尻尾の先が白くて鼻の周りが黒い子犬だった…。死んだ子犬が不憫だった私は、とっさに「校庭のどこかに埋めてあげなきゃ」と思い、子犬を抱きかかえました、子犬のお尻や鼻、口から体液や排泄物が漏れてきて運ぶのに時間を要しました。校庭の隅に埋めようとしましたが、長年踏み固められたそこはちっとやそっとじゃ掘れません。埋葬場所に困り、たった一人で子犬の遺体を抱えアッチへうろうろコッチへうろうろしていました。ようやく見つけた埋葬場所は、校庭内にある町民体育館の脇でした。砂利を一つ一つ手で退けて、木の枝を持ってきて必死に土を掘り、近所のスーパーへ行き、子犬がギリギリはいる大きさの小さいダンボールをもらい、その中へ子犬を入れました。ダンボールを棺にみたてたつもりでした。子犬を入れ、お花も一緒にいれてあげたかったんだけど何せ初冬・・枯葉は落ちてても雑草の花ひとつ咲いていなかった。悪いとは思ったけど、近所の家の庭先から道路に伸びている花の咲いた庭木の枝を一本、黙って拝借して(ゴメンナサイ)ダンボールの棺に入れて埋葬した。土をかぶせて手を合わせて、私は帰宅した。その日は確か「なか○し」の発売日、ランドセルを置いて、そのまま本屋へと向かったなんだろう、ふとした瞬間に子犬を埋めた町民体育館の方に目が行った。すると、私をめがけて一匹の犬が駆けてくる。まっすぐに私に向かって、町民体育館から農閑期の畑の中を駆けてくる私はその犬があんまり可愛くて、そのままその場で立ち止まり犬が私の元まで来るのを待っていました。その犬はさっき埋めた犬とそっくりの瓜二つ。「あ、死んだ犬の兄弟かな?」そうに思った私は「捨てられちゃったの?お前の兄弟は先に死んじゃったよ」「このままじゃ、お前も死んじゃうかもしれないなぁ・・」「うちで飼ってあげたいけど、うち団地だから飼ってあげれないんだ」「着いてきちゃダメだよ、飼ってあげれないから遊んであげれねいよ」こんな様なことを子犬相手に言ってた気がする。かまわないように、触らないようにして本屋に向かおうとするのだけど子犬は笑顔のまま私の後ろをついてくる…。本屋までの道のり、田舎のメインストリート、車が通るからこの犬も轢かれちゃったりするかもしれない…。そう思うと本屋に行けなくなってしまった。えぇーい!もういいや!!私は「なか○し」を諦めて、子犬と遊びました。両親から、「犬は人につく、飼う気がない、飼えないなら構ったりエサをあげてはいけないそんなことをしたら、逆に犬がかわいそうだ。」と言われていたのですが足元でおなかを見せて触ってって顔してる子犬を触らずにはいられなかった。門限の5:30ギリギリまで子犬と遊んだ。走ったり、子犬を撫でまくったりした。そろそろ家に帰らなきゃ・・そうに犬に言うと犬は笑顔のまま町民体育館に向かって走って行った。ちょうど犬と遊んでいたのは農閑期の畑のど真ん中、町民体育館が、子犬を埋めた場所がよく見える場所だった町民体育館へ走っていく子犬、何度かこちらを振り返っていたそのとき、なんか、頭の中で何かよぎった「あ!あのこ!!埋めた子だ!!」そうに思った瞬間、一緒に遊んでいた子犬があの死んだ子犬を埋めた場所に立っているのが見えた。ドキドキした、本当に自分の体が心臓なんじゃないかってくらい全身で脈を打ってる気がした次の瞬間、遊んでいた子犬が消えた。目の前でフッと消えた。埋めたお礼をしに来てくれたのかな?忘れられない子供の頃の不思議な経験。

御厨人窟

ここでいいのかあれですが、不思議な体験ってことなので投下させて頂きます。高知の室戸に行ったときの話し。 室戸には御厨人窟という空海が悟りを開いたといわれる洞窟があります。 折角来たのだからとお参りして行こうと思い薄暗いその洞窟に入りました。 一番奥の祭壇?までだいたい10メートル弱くらいの距離だったかと思うのですが その半分くらいまで歩いた時、奥の祭壇の上の方に大きな目のようなもの(実際には目のように 感じただけかもですが)に睨みつけられるような感覚で、足が竦み、身体は震えて 恐怖と嫌悪?のような気持ちで、それ以上先に進むことが出来ず慌てて外へ引き返しました。外にでて深呼吸をして、今のはなんだったんだ?と思いながら何気なくあたりを見渡すと もうひとつ小さな神明窟(神明神社)という洞窟が目に入り、とりあえずこちらだけでもと 気を取り直してそちらへの参拝を先にしました。こちらへの参拝は恐怖も嫌悪も感じず 無事に参拝することが出来たので、やっぱり折角だからともう1回御厨人窟へと足を向けてみたのです。洞窟入り口で大きく深呼吸してから入ってみました。 再び薄暗い洞窟内で、先程の恐怖がよみがえりながらも大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら先へと進みました。 そして先程逃げ出したあたりに差し掛かり、また睨まれているかな?と顔をあげると そこには普通の洞窟の最終地点である祭壇と数人の観光客だけ。 ホッとすると同時に気が抜けて、自分の錯覚だったんだな~と思いつつ続き祭壇へと足を進めました。無事?に祭壇へと到着して、お参りしようと祭壇で手を合わせた時です。 今まで何も思ってなかったのに「やっとここに帰ってこれた、許して下さってありがとうございます」と 頭の中というか心の中というか、スーッとそう思ったんです。そう思ったとたんに涙が溢れて号泣。一緒に行った連れも自分のその様子に慌てて外へ出るように促し、自分もそれに従い外へと出ました。 出てからも暫くは号泣してて、でも嫌な涙ではなく何と言うかスッキリしたというか、心が安らいだというか不思議な感覚。 落ち着いた頃ポッと口をついて出た言葉が「これでやっと終わったな」でした。そして帰途の中、走馬灯のようにというと語弊がありますが、何となくそんな感覚で 自分は仏門関係で修行をしてたけど、キリストに傾倒して船で逃げ出したんだ。 でも、その船は難破して自分はどっちつかずのまま死んだんだ。 帰りたいけど逃げ出した自分は帰れないし帰る場所などないとずっと思ってたけど やっと今帰る許しをもらったんだ。とそんな風に思いました。 実際どうなのかは自分でもわかりません。基本的に無宗教です。 ただ小さい頃からキリストに興味があって、聖書を読んだりしてたんですが どうしても最後まで読めず(小さいから飽きたのかもですが)勿論洗礼を受けるということも出来ませんでした。 そして、九州(特に長崎や熊本など)にずっと興味を持ちつづけて、旅行だけでなくいつかは移住したいとまで おもっていた程でした(関東住みの頃) それからずっと年月が経って、四国へと向かってそんな状況になったわけです。でも、この御厨人窟に参拝してからというものスッキリしてしまったのか、なんなのか 全く九州への思慕のようなものはなくなりました。長文な上に読みづらい文章ですみませんでした。

9.11

押入れ整理してたら幼稚園生のころに画用紙にクレヨンで描いた絵が出てきた。画面の左に二本の塔みたいな柱、そしてそれに向かって飛んでいるように右側にかかれた飛行機。他の絵はピンクとか黄色とか、やわらかい色でほのぼのした雰囲気なのにこの絵だけ赤と黒ばっかの怖々した雰囲気なんだ。そして裏側には恐らく先生が書いたであろう筆跡で「9.11」の日付が…。自分に霊感とかそういうのはまったくないと思うけど、当時は何か感じるものがあったのかな?

ドッペルゲンガー(22)

幼稚園の時、友達が二人に分裂してた。うちで私のささやかな誕生日会を開くことになったので、招待状っぽい物を自分で作成。 トモちゃんという子が「トモモ」と呼ばれていたんだけど、そのあだ名には本人は「やめてよ~も~」といつも言ってた。 ぽっちゃりして桃みたいな子で、「やめてよ~」が可愛いかったので、皆でよくからかって呼んでた。私はいたずら心が出て宛名に「トモモちゃんへ」とバッチリ書いて、だめ押しに桃の絵まで書いた。 明日渡した時の反応を楽しみにしつつ寝た。次の朝、トモちゃんが2階の教室にいないので探してみると、なぜか何もない1階へ1人で降りていくところを見た。 「朝の会始まるよ。それとコレ、誕生会来てよ!」ってカードを渡したら トモちゃんは「ありがとう」って少しだけ笑った。「あれ?トモモに反応しないな?桃の絵はやりすぎたかな?」と顔色を伺っていたら、そのまま一階に降りていってしまった。 元気がなかったし、私は少し反省した。でも、朝の会が始まってもトモちゃんが来ていない。 先生が「トモモちゃん(先生も呼んでる)は熱が出たのでお休みです」と言った。 私は「さっき会った!」と主張したけど、聞いてもらえなかった。本人は本当に家で寝ていた。 招待状は1階に落ちていた。 私は1階には行ってない。不思議なのが、このときの一連の記憶が、現実のハッキリした色じゃなくて、水色がかった風景でしか思い出せない。 1階に落ちてた招待状を拾った同級生がこの事を覚えているから、記憶違いではないと思う。

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