子育てを始めさせてもらって11年目に突入した、中堅(?)ママの筆者が書かせていただきます。

育児は育自である。なんて言葉もよく言われますよね。

私はひねくれ者でもあるので、子育てに自己成長を持ち込むなんて何なの!?とすら考えていたことがありました。

お母さんとして生きることに、多分必死だったのだと思います。

子どもたちはまだまだ一人立ちに達する年齢では無いので、
今も・・・そしてこれからも大変なことは続く(予定な)のですが、
そんな中でもようやく少し、ある種の余裕みたいなものが生まれつつある今日この頃を実感し、
やはり育児は育自だなぁと感じさせてもらうことも増えてきました。
今日はそんなエピソードを記事にしてみます。

可愛いどころの話じゃない。

まぁこれはもう当たり前の話として、子ども(特に我が子)というものはおそろしく可愛いものです。

鼻水垂らして大泣きされて、その鼻水でお気に入りの洋服を汚されようが、楽しみにしていたやりたいことを邪魔されようが、結局は許してしまう。

可愛さ以外の何ものでもない!というのは私の感想ですが、やはり多くのお母さん方の感じるところなのでは?と思います。

ぎゅうっと抱きつかれた瞬間には多分毎度「育児していて良かった」と思わせてもらっているに違いありません。

なぜこんな書き方になるかというと、意識し続けているわけじゃないから。
毎日大変だと、そういう気持ちを実感し続けていられるわけじゃないと思うのです。

でもやはり、心のどこかや頭のどっかではきっといちいち感じさせてもらっている。
改めて考えてみるとそうなんですよね。

やっぱり良かったです。育児をしていて。

成長を感じさせてもらう時。

私の二人いる子どもたちは、二人ともわりと成長がゆっくりなところがあり、
同年代の子と比べるとつい(いけないとわかっていても)「できない」に目が行きがちです。

でもだからこそ、小さな成長がとてもよくわかるし、とても嬉しく感じさせてもらいます。
引っ込み思案な上の子が小さな自己主張をするだけで嬉しいし、
少し乱暴な下の子が手や足を使う前にちゃんと言葉で要求できたときは特に成長を感じます。

そんなときはやっぱり、
『ああ、育児していてよかったなぁ』と感じさせてもらうのです。

私はきっと子どもたちから色々なことを教えてもらっているのだと思います。

教わる喜び

全てに通じることなのですが、子育てを通して教えるということは教わることでもあります。

いわゆる、『育てにくい子』と呼ばれる子どもたちに様々なことを教えようとするたびに私は様々なことを教えてもらっている気がします。

自分自身の生きづらさの正体や、他者を理解する大切さ。
日々の小さな出来事に感じる気付き。

その全てを私は子育てを通じて教えてもらっていました。


それに気付けたことこそが、私には子育ての大きな喜びです。




昨日は、久しぶりに上の子に対して少し感情的になってしまいました。
するとそれを見ていた下の子がごく自然に上の子をかばってくれました。

そこで少し冷静にもなれたし、上の子にとって、下の子の言葉は救いになったと思います。

それがまた『ああ、育児していて良かった。』
と感じた瞬間です。・・・私にとっては。

一緒に育つ

月並みな言い方ではありますが、赤ちゃんが生まれたらお母さん(やお父さん)にはなれます。

けど、お母さんも赤ちゃんと一緒に成長していきます。
赤ちゃんが0歳ならお母さんも0歳。
子どもが3歳ならお母さんも3歳。

子どもと一緒に育つ。

それが少しだけわかるようになってきたことが私にとっては1番の

育児してて良かった。と感じることです。

ごめんなさい。
少しエピソードとしては薄いですか?



きっと瞬間的に『良かった』と感じることは多すぎるので、こんな風にしか書けませんでした。(なんていってみます。)



最後までお読みいただきありがとうございます。

この記事を書いたユーザー

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