2011年3月11日「東日本大震災」

 3月11日14時46分マグニチュード9.0の地震が起き10Mを超える津波と共に多くの犠牲者と津波による行方不明者を出すことになる。
連日流れる津波の映像と被害の悲惨な状況は、日本人の心に大きな影響と暗い空気が漂い、電子力発電所の事故は不安と怯えを抱えながら日々の生活を送っていた。

2011年6月FIFA女子ワールドカップがドイツ大会が開催

 FIFA女子ワールドカップが2011年6月26日から7月17日にかけて、ドイツで開催された。開催前の女子サッカーは人気がなく、ほとんどのメディアで取り上げられることもなかった。

W杯 澤はキャプテンとして出場

 ドイツ大会2試合目メキシコ戦でまさかのハットトリックを達成。この時点で日本サッカーにおける最多得点保持者となる。

W杯グループリーグ2位で決勝トーナメントへ準々決勝ドイツ

W杯はグループリーグ2位になったなでしこジャパンは決勝トーナメントの進出!準々決勝ドイツ戦延長戦のすえ澤が決勝点の丸山桂里奈へアシストをしドイツを破り準決勝へ進む。

史上初のW杯決勝へ対アメリカ戦

日本は対アメリカ戦で0勝21敗3分の成績
イギリスのブックメーカー「ラドブロ―クス」のおける優勝オッズは大会前15倍という世界でもほとんど注目されていなかった。

しかし、準々決勝、準決勝と進むほどに日本国内では大きく報道され期待が膨らんで行く、今まで沈み込んでいた暗い気持ちの中で久々の明るいニュースと共に日本全体に希望と活力を見いだした試合だった。

決勝はやはりアメリカが押し気味だったが前半0-0。後半24分先制点をアメリカに許してしまうも、36分宮間のゴールで追いつき、延長戦へ突入。

延長戦14分にアメリカが1点取れれるも延長後半戦12分澤穂希が同点ゴールへ。

試合はpk戦に突入する。
点を取られて追い込まれては点を返し、延長戦でも点を取られては点を取り返すその姿は、日本の崖っぷちな状況でも粘り強く望めば必ず勝機はあるという勇気をもらえるような試合だった。

pk戦はアメリカの3連続失敗、日本の4人中3人が決めて見事に優勝した!

W杯 得点王及びMVPに澤穂希が受賞

史上初の日本優勝に世界中が祝福。
澤穂希が日の丸をまとって場内を歩いた姿が大きく報道で流れた。

帰国の様子

出典 http://www.nippon.com

出発時はほとんど人がいなかったなでしこジャパンが
帰国の成田空港では400人以上のファンと260人以上の報道陣でごった返した。

国民栄誉賞を受賞

 帰国したなでしこジャパンは団体として初の国民栄誉賞を受賞する。

澤穂希にFIFA年間最優秀選手賞

その年FIFA年間最優秀選手賞に澤穂希が選ばれサッカーで最高栄誉とされる賞を受賞する。

澤穂希コメント

「国民栄誉賞という名誉な賞をいただいて、びっくりすると同時に大変光栄に思っております。少しずつ日本が元気を取り戻しつつあるなか、私たちがみなさんに希望と活力を与えられたのであれば、大変嬉しいことです。

出典 https://www.jfa.or.jp

国民栄誉賞受賞インタビューなでしこジャパン(日本女子代表) キャプテンコメント

最後に
 2015年あの劇的な優勝から4年澤穂希も37歳現役引退を発表。
本当にお疲れさまでした。

日の当たらない時代から女子日本サッカーを支え夢を与えてくれてありがとう!
これからの活躍も期待しています。

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クロダアキヒロ このユーザーの他の記事を見る

最近分かった事なんですけど長文読むの苦手です。もちろん長文書くのも苦手だったりします。なので、Twitterで話題性のあることを中心に今は書いています。

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