水が海をおおっているように、
 大地は主を知る知識で満たされる。イザヤ書11:9

私たちの救い主である神は、
 すべての人々が救われて真理を知るようになることを
   望んでおられます。Ⅰテモテ2:3~4

          (ローズンゲン日々の聖句12/7;月)

「エッサイの根株から新芽が生え、
その根から若枝が出て実を結ぶ。
そのうえに、主の霊がとどまる。
それは知恵と悟りの霊、
はかりごとと能力の霊、
主を知る知識と主を恐れる霊である。

この方は主を恐れることを喜び、
その目の見るところによってさばかず、
その耳の聞くところによって判決を下さず、
正義をもって寄るべのない者をさばき、
公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、
口のむちで国を打ち、
くちびるの息で悪者を殺す。
正義はその腰の帯となり、
真実はその胴の帯となる。

狼は小羊とともに宿り、
ひょうは子やぎとともに伏し、
子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、
小さい子どもがこれを追っていく。
雌牛と熊とは共に草をはみ、
その子らは共に伏し、
獅子も牛のようにわらを食う。
乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、
乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。
わたしの聖なる山のどこにおいても、
これらは害を加えず、そこなわない。
主を知ることが、
海をおおう水のように、地を満たすからである」(イザヤ11:1~9新改訳))。


 確かに、創造の初めの時には、人間はもちろん動物たちにも、
「肉食」ではなかったようですね。

 「神は仰せられた。
『見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、
種をもって実を結ぶすべての木をあなたがたに与える。
それがあなたがたの食物となる。
また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、
いのちの息のあるもののために、食物として、すべての緑の草を与える。』
そのようになった」(創世記1:29~30)、のだそうですから。

肉食になったのは、ノアの洪水のあとだそうですね。

「エッサイの根株からの新芽、若枝」である、あのナザレ出身のマリヤの子、イエス、
私たちの罪の罰を背負って、十字架刑で処刑され、墓に葬られ、
復活されたあのイエスがが再び来られるとき、
このような世界が回復されるのだそうですが、
今、聖である霊と呼ばれる方が来て下さるとき、私たちの心にも、主を知る知識、
主を愛し、畏れ敬う思いが来るのだそうですね。

すべての人が、この方をお迎えして、正義と公正と思いやりのある心、恵みと祝福に満ちた人生を送って欲しいと願っておられるのだそうです。あの方。
今日も。




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愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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