吸いすぎがダメではなく、
どんな吸い方をしても
美味く感じないのに
吸うのは悲しい。

喫煙を楽しみたい自分も
楽しんで欲しいタバコも
悲しくなるのだ。

美味く吸えないから
吸っても仕方ない、
と思えて吸わないのは
傲慢ではなく、
どちらかと言えば
謙虚さがある。



清く正しく美しい人間に
なろうなんてしないで、
タバコをプカプカ吸う
スモーカーを
堂々と生きたらいい。

喫煙を楽しむ人生は
恥ではない、
むしろ吸ってたのに
毛嫌いするほうが
人間として恥だ。

一度でも美味い一服を
楽しんだ者として、
吸わなくても
生涯感謝できる心は
必要だと思う。



美味く吸えなくなったら
休憩するようでは
一生やめられない、
と嫌煙者は言うだろう。

しかし喫煙者として
吸う必要がなくて
吸わない感覚を
大切にできなければ
タバコをやめるのは
無理だと言い切れる。

必要だから吸う、
必要ないから吸わない、
それがタバコだからだ。



【愛煙セラピー「2090」】 

『吸っても不味いから
吸わないだけという
理由のほうが健全。
美味くなくなったら
吸うのを休憩、
そうしてるうちに
やめる可能性もある。』

2015/12/04
愛煙セラピスト
志村嘉仁

やめるのは簡単なのだ、
美味くなくなったら
休憩すればいい。

吸うことに飽きたら
吸わなければいい。

喫煙者として
傲慢に生きていれば
毛嫌いしなくても
やめるときは
あっさりやめる。

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愛煙セラピストの志村嘉仁(しむらよしひと)です。
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