マズローの5段階説
マズローは、人間の欲求を5段階に分けて構成し、低階層を満たすことで、高次の欲求を順に欲していくと説いた。
人間が生きるために必要な欲求、より良い人生を送るための法則。
1段階は生理的欲求、2段階は安心安全な場所、3段階は所属・愛
4段階は尊厳・承認、5段階は自己実現。
さらに、5段階を超えた自己超越という、見返りを求めないエゴのない領域です。
エリクソンの言う叡智でしょうか?

しかし、目標や環境により、位置づけには違いがあるため、成功するための法則とは言い難いものがある。大体の人は、自己実現の方向性も定まっておらず、日々の生活維持だけで、余裕もない状態であると思います。将来を見据えて、本当に自分がやりたいことを分かっている人が、どれだけいるでしょうか?
むしろ、あるべき姿も考えないのが殆どで、やりたいことも出来ない現実があります。
やがて、気付くころには体がついて行かない年齢になってしまったり、今できる事しか出来ない事の方が多い。早くから、自分のあるべき姿を方向付け、自己実現させた人もいるでしょうが、その為に失う物、犠牲にするものもあり、人間として幸せかどうかは測れません。

より良い人生にして行くために「自己実現を叶える事」であることは理解します。
そのための、準備、土台は必要不可欠なもので、努力し続けなければなりません。
この法則は、価値観や解釈の違いにより、ある程度人生を積まなければ、理解出来るものではないと考えるのが相当です。
生きる目標という意味では、介護の指針として捉えると適しています。
生理的欲求→安心と安全な場所→所属と承認→自己実現→超越。

高齢化の進む近年、益々増加の傾向をたどることは明確です。年齢と共に、人間は生きるという問題を考えます。それは、失う物が多くなり、死を意識するようになるからでしょう。死を恐れるようになることから、生きてる時間の尊さを感じるのです。
人のために何かをしたいと考えるのです。見返りを求めない、生きてる証です。
親、配偶者の介護のために介護離職を迫られる人が増え、本来豊かな老後を望める環境願っても、諦めなければならない事情がある。
子供を育てるのは親の務めである様に、親の老後を看るのも子供の務めなのです。

自助、共助、互助とありますが、その支援の範囲は曖昧な部分が多く混在しています。
従来日本では、家族が担って来たシャドウワークとされる介護を、公助扶助として
地域全体、社会全体で公的機関に託されています。
本来の理想の形は、家庭の中で役割を持ち、家族と共に生計維持することですが、
不幸にして、子供に恵まれなかった方、死別された方、やむおえない事情がある方も多く存在しています。将来への不安は、生きることへの悲観と苦悩に導きます。
介護職は、対象者の身体や人生に直接触れ、関わる仕事であり、プロとしての自覚を持つ資格のある専門職です。家族の代わりは出来ません。
生きている喜びを実感出来る支援、対象者の思いを共に考え、出来る望みを共に叶える努力をして行くのが介護福祉士の姿です。
家族の負担を軽減し、それぞれの家庭が不安なく過ごせる為のサービス、援助を行う。
他者の幸福を望み、そこに関わる近親者の人生にも貢献できる事が、
介護する側のモチベーションに繋がります。

相互扶助の関係。沢山の人に出来なくても、一人の人には出来る。
人間には、困っている人がいたら助けたいと思う本能があるのです。

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