見捨てない決断、人として命を繋ぐ

 第2次大戦中、ナチスドイツに追われるユダヤ難民に日本通過を許す「命のビザ」を発給した外交官・故杉原千畝さん(1900~86年)の半生を描いた映画が、12月5日全国公開されます。
 1940年、在リトアニア領事代理だった杉原さんは、ユダヤ難民に政府の許可を待たず独断で日本通過ビザを発給し約6千人の命を救いました。
 ナチスに追われる難民の救いを求める姿に、政府の許可を待たずビザ発行を行った杉原千畝さん。
「政府は頑として動かない。人間として当たり前のことをしただけだ。」
 と、その功績を家族にも語ることがなかったとのこと。
 国と国の都合にて、見捨てられ放り出される者たちの悲痛な願いが届き、救われた六千人もの命「スギハラサバイバー」。彼らのその後の活躍は目覚ましく、彼らの杉原千畝さんへの感謝の想いの意味はとても深い。
 
 今まさに、繰り返されている紛争のの浅はかさを、彼の半生を描いた映画「杉原千畝スギハラチウネ」にて、学びなおしたいものです。

■「命のビザ」とは?
アジア歴史資料センターによると、「命のビザ」とは、リトアニアの日本領事館の領事代理を務めていた杉原千畝によって、ユダヤ人難民に発給された日本通過ビザのこと。1939年、ドイツ軍のポーランド侵攻で、多くのユダヤ人たちは隣国リトアニアへ逃げ込んだが、ソ連によるリトアニア併合が確実となっていた。
ユダヤ人の多くは日本通過ビザを得て、第三国へ逃げるという方法を選んだ。1940年7月18日、ビザを求めたユダヤ人難民が領事館へ押し寄せたため、杉原は本国の命令に反してユダヤ人難民にビザを発給を続けた。「命のビザ」によって救ったユダヤ人の数は、少なくとも6000人に上ると言われている。
多くのユダヤ人を迫害から救った功績から、海外で杉原千畝は「日本のシンドラー」とも呼ばれている。

出典 http://www.huffingtonpost.jp

外交官としてではなく、人間として当然の正しい決断をした(命のビザ発行者・杉原千畝)

出典 http://i.huffpost.com

杉原千畝が発給した手書きのビザ

大東亜戦争(第二次世界大戦)中、気骨ある外交官で、自分や家族の危険も顧みず、ビザ­を発行し6千人を超えるユダヤ人をナチスの虐殺から救ったことで有名な「杉原千畝」の­物語に海外のネットユーザーが感動。シンドラーの数倍もユダヤ人を救ったのに、なぜ世­界にあまり知られていないのかと不思議がる声も多い。彼が発行したビザは厳密には日本­政府が許可したものではなかったという。人道的にこれだけ偉大な行いをしたにも関わら­ず、杉原は国内では報われる名誉を受けることはなかった。外交官としてではになく、人­としての心に従った杉原の秘話を明らかにする動画です。

出典 https://www.youtube.com

「杉原千畝 スギハラチウネ」予告

出典 YouTube

日本のシンドラー 杉原千畝物語 六千人の命のビザ

出典 YouTube

終戦60年ドラマスペシャル 2005.10.11 放送分です

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yachamanneiru このユーザーの他の記事を見る

息子二人の母です。シングルマザーの視点から見えてくるものが、意外にも人間行動心理を掘り下げていて、学びの毎日です。見えた感じた知った解った面白い!これはダメですやん!を、書き綴ります。

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